頭の中のさまざまのこと

すきなこと、考えていること

オタクはいつも間に合わないという話(石田ショーキチに捧ぐ)

思えば私はいつも間に合わなかったのだ、とWikipediaを眺めながら考えていた。ディスコグラフィーの説明欄に書かれた「○○年○月○日のライブの演奏を収録」の文字の向こう側に私は何も見ることができない。行ったことのある町や国を地図上に見る時、それが単なる文字ではなく、確かにこの世に存在するものとして鮮やかに五感に迫ってくるように。

 

 

 

 

石田ショーキチさんというのは最近53歳になった(お誕生日前日おめでとう!)*1男性シンガーソングライターの名前で、90年代にSpiral Lifeというユニットでブイブイ言わしたあと活動休止もとい解散、その後プロデュース集団Scudelia Electro(スクーデリアエレクトロ)、親友と組んだゴールデンバンドMOTORWORKSを経て、いまソロとかサポメン入れた個人バンドスタイルに至る感じのひとである。

 

私がショーキチさんの音楽に初めて触れたのは小学生の頃、洒落た言葉遊びとセンスで伝説となった2002年放送のアニメ「王ドロボウJING」の劇伴をScudeliaが担当していたのだった。私はオープニングとエンディングとアイキャッチの音楽マジかっけえ〜〜〜と思いながらアニメを観ていた。その時はそれで終わった。

 

そして数年前に再燃した。きっかけは忘れた。たぶん運命だと思う。そうだろ、ケリー*2。サブスク解禁されていないので*3YouTubeでちょっとずつ聞くようになり、えっ…これも好きじゃん…これもいいじゃん…いいじゃん…とあれよあれよという間に気がつけばメルマガ登録していた。CDも集め始めた。メルマガからはこだわりお料理レシピとかが送られてきてますます好きになった。実質推しの手料理が食べられる界隈。

そして昨年はじめて申し込んだお誕生日当日ライブは、新型コロナウィルス感染症流行の影響を受けて中止になってしまった。本当に失礼ながら、これまで塩治*4レベルでしか推しを眺めたことのない私にとって、ショーキチさんの活動規模はかなり距離が近い。なんなら年始に一緒に初詣に行って帰った先でそのままちょっとライブやるみたいな、書いてても全く意味がわからないイベントとかもあって本当に怖かった(もっとやってほしい)。それはさすがに心臓に悪すぎたので、これくらいなら頑張れそうだとやっとの思いで参加を決めたライブだった。中止の報にかなりショックを受けてしまい、それ以降の情報がしばらく頭に入ってこなくて、代わりに配信ライブを企画してくれていたことも後から知った。

私は間に合わなかった。

 

 

 

ところで、推しができたらとりあえず上下左右を遡るのはオタクの習いである。

そういうわけで私はまもなく、先に挙げたSpiral Lifeや、その相棒・車谷浩司氏のソロ名義AIRなどへも転がり落ちた。そのどちらも今は過去のものだった。世代ではないので、リアルタイムで追いかけるのは難しかったはずだ。しかし間に合わなかったことに変わりはない。特にMOTORWORKSに関しては。

 

 

 

 

MOTORWORKSは、ショーキチさんのかつてのレーベルメイトで親友の黒沢健一氏を誘い、スピッツのベーシスト田村くんを罠にかけて釣り上げ*5、友達のホリノブヨシ氏をドラムに迎えて結成したお遊びのコピーバンドが、いつしかお客さまを持つようにになったやつである。当時Scudeliaで制作側とメンバーとの板挟みに苦心していたショーキチさんが、心から音楽を楽しもうとして始まったこのバンドは、だからとにかく楽しい音がしている。1音目でわかる。

いつまでもどこまでも行ける黒沢氏のボーカル、友達と肩を組むように少しじゃれつきながら軽やかに並走するショーキチさんのコーラスとギター、音にバネでもついているのかと思うほど跳ねながら踊る田村くんのベース、そんなみんなの中にいて全部まとめて笑って蹴り出してくれるホリ氏のドラム。

はじめてMOTORWORKSの音を聴いた時、ああなんて楽しそうに鳴らすひとたちなんだろうと思った。ものすごくプライベートな空間で鳴っているものを特別に聞かせてくれている感じがする。聴いてるとバンドをやりたくなってくるので困る(だれかバンドやらない?)。

特に黒沢氏のボーカルに私はめろめろになってしまった。五線譜をあんなに自在に泳ぐひとをほかに知らない。渡っていく声というのはこういうことなんだなとも思った。L⇔Rも好きになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

黒沢氏が既に亡くなっていることを知るのに時間はかからなかった。

私は間に合わなかった。私が黒沢氏の音を声をこの肌に浴びることは未来永劫ない。

 

 

それどころか私はショーキチさんにすら間に合わなくなるところだった。

数年前に突然引退すると言い出した時は血の気が引いた。その心情はメルマガ会員に向けてかなり赤裸々に吐露されたものだったので、もちろんここには書かないが、とにかく深い絶望が伝わってきた。ショーキチさんはメールの中で、「こういうわけで残りの仕事を消化したら引退する、戻るかはわからん、ただし異論は認める」と言い、ご意見受付用のメールアドレスを提示してきた。

私は何もしなかった。

私の人生より長く音楽をやっているひとに私が何ができることがあるのだろう?引き止めたとしてその後の音楽人生の幸福を保障できるわけでもない、それは誰にもできない。何についても何の責任も負えないのに。そうやって物分かりのいい言い訳を並べて何もしなかった。そのくせほとんど祈りながら次のメールを待っていた。

ショーキチさんの元には説得のメールがたぶん殺到し、かくして引退は撤回された。本当によかった。私が嘆願文を送っても送らなくても結果は同じだっただろう。でも結果論にすぎない。歌以外の話し声すら聞いたことのない新参者でも泣いて縋ればよかったのかもしれない。ショーキチさんは言葉と歌と音楽の愛のちからを信じてやってきて、それを失いかけていたのに、一生音楽やっててほしいに決まってるのに、私は私の言葉のちからを信じなかった。ショーキチさんは少なくとも説得のメールに絆されてくれるくらいには信じてくれたのに。MOTORWORKSベスト盤再販の時だってファンのちからを信じてくれたのに(しかし事実ファンは推しに何の責任も持つことのできない、ひどく一方的な関係なので、引き止めるのを躊躇った当時の私の心情を全部否定することは今もできない…)。

 

ああ、MOTORWORKS。結成の経緯、ボーカルの逝去、ベスト盤の再販。バンドの持つ物語が強すぎて神性すら纏わせてしまいそうになる。でもアルバムの再生ボタンを押すとそこには男子大学生さながらの無邪気な肌触りがあって、私は泣きながら天と地を行ったり来たりしている。

まだ怖くてパッケージを開いてもいないたった1枚のライブDVD、そこにはたぶん輝きがあるだろう。その光を浴びる時私は過去に失うことすらできなかったものを思い知る。持っていないものを失うことはできない。私は間に合わなかった。

 

 

 

突然過去から手が伸びてきて、振り向かされることがオタクにはあるのだ。アニメ「交響詩篇エウレカセブン」も深夜の再放送で知ったし、THEE MICHELLE GUN ELEPHANTやBlanky Jet Cityを好きになったのもアベの訃報がきっかけだった。もっと早く興味を持っていたら、もっと早く知るためのツールがあったら、もっと早くうまれていたら。けれどもそのifの中の私はもはや今の私ではなく、ここにいる私が望む通りにそれを好きになるとは限らない。今のこの自分だから、いま好きになれたのだということもあるだろう。だからこの話にわるものは登場しない。結局のところ、間に合わなかったオタクたちはこの喪失に似た絶望を抱えながら生きていくしかないのだ。ほかの誰かには色も音も匂いも感じることのできる、その文字の向こうに何も見えなくても。

 

 

 

 

 

 

 

けれどもたとえばMOTORWORKSは黒沢氏がいなくなってもホリ氏が遠くへ行ってしまっても解散せずに今も長い眠りについている。もういちばん最初のかたちには会えないが、諦める必要はない。ショーキチさんもチャンスをくれた。ショーキチさんのことも諦めなくていい。だから走らなければならない。失えもしなかったものとコトを知る痛みに歯を食いしばりながら、ゆっくり、けれど駆け抜けて、今この瞬間より後の時間すべてに間に合わせなくてはならない。

だから2020年10月9日、下北沢での岩瀬敬吾さんとの対バンライブのチケットを買った。残業もそこそこに退勤して、バスと電車に飛び乗り、雨の下北沢を走る。いつも間に合わなかったものに今度こそ間に合うために。

走れオタクたち。私たちは今、間に合うのだから。

 

 

 

 

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ショーキチさんはそれからも何度も配信ライブをやってくれた。はじめて聞く歌もいっぱいあった。廃盤になったアルバムに収録されているものもある。今年はそういうのをリミックスしたり未収録のやつを追加したりしながら再販を色々やってくれるつもりらしい。うれしい!私にとっては新曲なのだ。Amazonで色々中古買うのまだやめておくね。ふるい新曲を早く聴かせてほしい。早く聴きたいよ。

 

 

 

 

 

 

おまけ

2021年4月11日のライブの、その前日のはしゃぎっぷり。

 

 

当日以降のパニック。

 

 

 

おまけ・その2〜自分用各種インタビューまとめ〜

Spiral Lifeファーストアルバムをリミックスした話とかのやつ

デビュー20周年のやつ、Spiral Lifeファーストアルバムリミックス盤同時視聴会レポート

スピッツのハヤブサをプロデュースしたときの記事

MOTORWORKSファーストアルバム発売についてのやつ

MOTORWORKSファーストアルバム発売についてのやつ、その2

MOTORWORKSファーストアルバム発売についてのやつ、その3

MOTORWORKS再始動ライブのやつ

MOTORWORKSベスト盤再販についてのやつ

MOTORWORKSベスト盤再販についてのやつ、その2

MOTORWORKSベスト盤再販についてのやつ、その3

東京カルチャーカルチャーのミュージックナイトレポート

Love your life発売についてのやつ

Life is mine, Life is fine発売についてのやつ*6

 

 

 

*1:2021年4月11日、町田ノイズで行われたお誕生日前日ライブにて、このお祝いメッセージに「ごめん!喪中なんで!」と返すギャグを本人が考案、披露した。ちなみに喪中なのは本当。でもお祝いさせて…

*2:この記事を読んでください。http://gizmooooo.hatenablog.com/entry/2019/10/06/011434

*3:Spotifyで作成中の自分の葬式プレイリストにTruthからのC - Love - Rの流れと楽園絶対に入れたいのでサブスク解禁してください

*4:しおはる。塩の粒くらいのサイズでしか確認できないほど遠くから見る福山雅治、の略

*5:田村くん加入エピソードほんと面白いし田村くんの好感度が青天井なので是非インタビュー読んでね

*6:2021年5月11日追記