頭の中のさまざまのこと

すきなこと、考えていること

阿弖流為を知っているか?という話

あなたは阿弖流為(あてるい)を知っているか?

 

 

私は阿弖流為ヤクザである。後述するがこれはお芝居のタイトルで、私はこの作品をこよなく愛している。その作品はシネマ歌舞伎という映像プロジェクトに組み込まれていて、このたび2020年2月7日から13日まで東京東銀座の東劇ほか全国での期間限定アンコール上映が決まった*1。これはそれに向けたダイレクトマーケティングである。

(シネマ歌舞伎とは、その名の通り歌舞伎を映画館で観ることができるプロジェクトだ。たったの大人2100円*2で、一等席16500円以上の近距離で撮影された役者の顔や汗や瞳や指先や髪の一筋などを見ることができる。そう、実質無料)

 

※2020年2月6日   東劇以外の映画館も含めた全国公開なので、文面を修正しました。ご指摘ありがとうございました

シネマ歌舞伎  阿弖流為  上映情報

https://www.shochiku.co.jp/cinemakabuki/sp/lineup/31/

 

※2020年2月8日   東劇のみ20日までの上映延長が決まったので注釈を入れました。これは全人類履修せよとの神からのお告げである

 

 

阿弖流為とは、実際に平安時代蝦夷(えみし。現在の東北地方、北海道のこと)の軍事指導者だった男の名前だ。またの名を、『性癖ゴリラ歌舞伎』という。

 

まずはビジュアルをご覧いただこう。

 

 

 

 

 

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わかる。言いたいことはわかる。落ち着いてほしい。まだ慌てる時間じゃない。わかってる。この顔にピンときたら次のステップへGOだ。いいぞ、あなたには才能がある。

 

 

 

起〜導入〜

ここでいう阿弖流為とは、2015年に上演された『歌舞伎NEXT   阿弖流為』というお芝居のことである。俳優の古田新太を擁する劇団☆新感線の脚本家&演出家と歌舞伎俳優の松本幸四郎さん(当時は市川染五郎。以後は幸四郎さんで統一する)がコラボレーションした企画・歌舞伎NEXT第1作目として打ち出された。私はこれを東京公演と大阪公演合わせて4回観た。マジでビビった。冒頭、タイトルをバックに赤いライトを一身に浴びてキメる七之助くんを見たとき、涙が出てきた。かっこよすぎて泣くなんてことがこの世にはあるんだな…と思った。

劇団☆新感線の脚本家中島かずきは何を隠そう、2019年に数々のオタクたちの心を燃やしては消し燃やしては消したアニメ映画『プロメア』の脚本家である。一方で歌舞伎役者松本幸四郎さんは、仲間内ひいては実の息子からも「あの人、変ですよね」「変わってる」「変人」「ポテトチップスは野菜ではない」「ちょっとおかしい」などと言われる歌舞伎オタクであるが、ひとたび舞台に立てば圧倒的な存在感と誠実な演技力と危うい色気と確かな踊りで贔屓たちのハートをメロメロにする男でもある。このふたりが出会った瞬間、勝利は約束された。*3

好きになれるかわからないものや、作品の全貌、あるいは出演者すら一部未発表のものに時間と金を払うのをあまり躊躇わないのがこの界隈のオタクだが、そうでない方の不安を払拭するべく、以下に微に入り細に入りストーリーを書く。これ読んで性癖を感じたら映画館へGOだ。特に先のナウシカ歌舞伎でクシャナ殿下の夢女子になった方は、七之助くんの演技を想像しながら読んでほしい。

ざっくり言うと、『熱血武闘派誰からも愛される太陽属性マンと、神から呪われ記憶をなくしても故郷のため戦うミステリアスピュア月属性マンと、月属性マンに付き従いながら暗躍する龍の女のさだめが絡み合う、鬼と人間と神の物語』である。

そんなに細かくなくていいよという方は、こちらの公式サイトのあらすじを読んでください。

https://www.kabuki-bito.jp/theaters/shinbashi/play/83/

 

 

承〜ストーリー・超ネタバレ・ちょっとうろ覚え〜

昔むかしの日本。

京の都では、北方の民・蝦夷たちで結成された立烏帽子党(たてえぼしとう)と呼ばれる盗賊集団が人を襲って金品を奪う事件が相次いでいた。旅芸人の踊り子たちが通りで美しい舞を披露していると、立烏帽子党を名乗る覆面の男たちが突然やってきて暴れ始める。人々が逃げ惑う中、全く怯える様子のない1人の踊り子が舞の衣装を脱ぎ捨てると、中から華麗な戦装束が現れる。周りの踊り子たちも次々に倣い、刀を手に男たちを圧倒する。彼女たちが本当の立烏帽子党であり、自らを騙るニセ立烏帽子党を誘い出すために変装していたのだった。党首の立烏帽子(中村七之助)がニセ立烏帽子党員たちを殺しかけるところへ、都に住む武士・坂上田村麻呂(中村勘九郎)が駆けつけ、それを阻む。詮議のために生かしておきたい田村麻呂は立烏帽子を説得しようとするが、聞き入れられない。二人が切り結んでいると、謎の男(松本幸四郎)が現れ、立烏帽子に加勢するかたちで田村麻呂へ斬りかかる。立ち回りの最中、いつの間にか立烏帽子の姿は消えていたが、田村麻呂は立烏帽子を追うよりもニセ立烏帽子党員たちの連行を優先する。わざわざ蝦夷を騙って悪事を働く背景には何か企みがあるはずだと踏む田村麻呂を、男は評価する。名を尋ねられた男は、都の虎と自らを称した田村麻呂を真似て、北の狼と名乗る。

北の狼と名乗る男が夜道を歩いていると、立烏帽子が姿を現し、加勢の礼を述べる。男は、蝦夷の悪評を広げる者が許せなかったのだと吐き捨てる。男は自分が蝦夷の出身であること以外のほとんどの記憶を失くしていた。立烏帽子は男を「阿弖流為(あてるい)」と呼び、懐から紅く輝く宝玉を取り出す。阿弖流為と呼ばれた男は目を見開き、懐から全く同じ宝玉を取り出す。それは立烏帽子のものと呼応するように、また紅く輝いていた。立烏帽子の言葉に、男はかつての記憶を取り戻す。

阿弖流為蝦夷の族長の息子であったが、阿弖流為の命を案じた恋人に説得され、蝦夷征伐を画策する大和朝廷との争いから逃れようと、共に逃亡を図った。その途中、立入が禁じられている山──蝦夷が信仰する神・荒覇吐(あらはばき)の棲む山に迷い込んでしまい、襲ってきた遣いの白き獣を、恋人を守るために殺めてしまう。紅い宝玉はその獣の魂であった。蝦夷を捨て、神の遣いを殺すという大罪を犯した二人は、互いと二度と会えぬ呪いをかけられ、阿弖流為は過去をも封じられ、蝦夷の土地をバラバラに追われた。そしてその恋人こそが立烏帽子であった。立烏帽子がいつか返そうと持ち歩いていた当時の両刃剣を受け取った阿弖流為は、立烏帽子の本当の名を呼ぶ。「鈴鹿(すずか)」と。

鈴鹿蝦夷征伐の機運が高まりつつある現状を憂い、故郷に戻り戦おうと阿弖流為を誘う。阿弖流為は過去を思い返して躊躇うが、こうして会えたのだから呪いは既に解けているはずだという鈴鹿の言葉に心を決める。喜ぶ鈴鹿だが、阿弖流為は旅立つ前に寄るところがあると言い、鈴鹿を伴い夜の町を駆ける。

宮中。田村麻呂の実姉にして京屈指の巫女・御霊御前(みたまごぜん/市村萬次郎)は、蝦夷討伐が順調にいっておらず、帝の機嫌が悪いことを憂いていた。御霊御前がニセ立烏帽子党員の処遇について大臣禅師・無碍随鏡(むげのずいきょう/澤村宗之助)に尋ねると、既に死罪にしたと答える。そこへ田村麻呂が兵士たちの制止を振り切って乗り込んできて、いきなり随鏡を殴り飛ばしてしまう。詮議の済まぬままの性急な死罪に納得がいかないと田村麻呂は抗議するが、御霊御前は取り合わず、随鏡を退室させる。その御霊御前を宥めたのは、田村麻呂の叔父で右大臣の藤原稀継(ふじわらのまれつぐ/坂東彌十郎)であった。死罪の件は諫めておくと稀継が約束し、田村麻呂はようやく溜飲を下げる。稀継は真っ直ぐな性格で臣民に慕われている田村麻呂を気に入っており、蝦夷征伐の征夷大将軍として共に前線に赴くよう田村麻呂に頼む。武士の誉と御霊御前は喜ぶが、田村麻呂は、戦につきまとう大義というものがどうにも胡散臭いのだと渋り、返事を保留する。稀継と御霊御前が退室すると、田村麻呂の部下である飛連通(ひれんつう/大谷廣太郎)翔連通(しょうれんつう/中村鶴松)が随鏡への乱暴騒ぎを知って駆けつけてくる。田村麻呂が二人へ事の顛末を報告していると、薄絹を纏った鈴鹿が現れ、思わせぶりに走り去る。田村麻呂は二人を連れて後を追う。

その頃、随鏡の屋敷では、死んだはずのニセ立烏帽子党員たちと随鏡が親しげに話をしていた。実は彼らを裏で動かしていたのは随鏡だったのだ。随鏡はニセ立烏帽子党員たちを使って金品を奪い、私腹を肥やすと同時に、都の住人たちの蝦夷への悪意を増幅させていた。そこへその話を盗み聞きしていた阿弖流為が躍り出て、兵士たちを蹴散らし、随鏡たちに盗んだ金品の隠し場所を問い詰める。随鏡たちが場所を白状すると同時に、鈴鹿の薄絹を目印に屋敷へ辿り着いていた田村麻呂たちも合流し、供述通りの場所から金品を発見する。田村麻呂が随鏡たちを捕縛している間に、阿弖流為は姿を消していた。

蝦夷の地へ出立しようとしている阿弖流為鈴鹿の元に、田村麻呂が現れる。田村麻呂は、阿弖流為が自分で捕らえることもできたのに、何故そうしなかったのかと問う。阿弖流為は、大和朝廷内の問題は大和が解決すべきだし、田村麻呂なら任せられると思ったのだと答える。その考え方に田村麻呂は唸り、なぜ互いに敵同士の民として生まれたのだろうと残念がる。阿弖流為と田村麻呂は、別れ際に改めて名乗り合い、いつの日か戦場で相見えた時は死力を尽くして戦おうと誓い合う。

蝦夷の里。大和との戦で荒れ果てた村で、荒覇吐に仕える巫女一族、母礼(もれ)族の男・蛮甲(ばんこう/片岡亀蔵)は、妻の熊子(人名ではなく本当の熊)と共に、大和に制圧された胆沢城の奪還作戦を村人たちに披露し、作戦への参加を募っていた。同じ母礼族の阿毛斗(あけと/坂東新悟)がその好戦的な行いを厳しく嗜めるところへ、阿弖流為鈴鹿が帰郷してくる。禁忌を破って戻ってきた二人に皆は驚き、嫌悪するが、族長を務めていた阿弖流為の父が戦死したこと、その後任の大嶽(おおたけ)も囚われ、蝦夷の兵たちと共に胆沢城に幽閉されていることを伝える。動揺する阿弖流為だったが、阿毛斗の前に跪き、故郷のために戦う覚悟を荒覇吐に伝えてほしいと嘆願する。阿毛斗は、その覚悟の証として大嶽らを救出するように指示する。こうして阿弖流為鈴鹿が中心になり、急遽蛮甲が提唱する胆沢城奪還作戦を実行することとなった。

胆沢城。蛮甲の下見通り警備の手薄だった裏手から城内に忍び込むことに成功した阿弖流為らは、大嶽らが囚われた牢を発見し、早速救出しようとする。すると阿弖流為に気づいた大嶽が逃げろと叫ぶが早いか、近くの囚人に阿弖流為が刺され、倒れ込んでしまう。大嶽以外の囚人らは全員大和の帝人兵であり、警備の薄さも全て蝦夷の兵たちをおびき寄せる罠だったのだ。大和の知将・佐渡馬黒縄(さどまのくろなわ/市村橘太郎)を前に劣勢を悟った蛮甲は早々に投降し、あっという間に大和へ寝返ってしまう。しかし、鈴鹿が宝玉を取り出し、阿弖流為の名を呟いて念を込めると、凶刃に倒れたはずの阿弖流為が力を取り戻し、帝人兵たちを一掃する。一気に形成逆転された黒縄たちは敗走し、阿弖流為らは、胆沢城の奪還、大嶽と蝦夷の兵たちの救出に成功する。大嶽は阿弖流為を新たな族長に任命し、阿毛斗も母礼族を代表し全面協力を約束する。あっさり寝返った蛮甲を処罰しようとする皆を阿弖流為は止め、咎めずに解放する。

京の都。胆沢城が奪還された一報はすぐに都に届き、田村麻呂は御霊御前と稀継に召集される。阿弖流為が将になったのだと悟った田村麻呂は、征夷大将軍の任を引き受けることを決め、稀継と共に前線へ向かう。

宮中。御霊御前のもとに随鏡がやってきて、田村麻呂の行動について非難する。実は随鏡によるニセ立烏帽子党の一連の活動は、御霊御前の指示だったのだ。自身が指示しておきながら田村麻呂の逮捕劇を許した御霊御前に意見しつつ、随鏡は、何か考えがあってのことだろうと再度指示を仰ぐ。しかし、御霊御前は、何のことだととぼけてみせ、随鏡に妖術をかける。そうして全ての罪を着せられ苦しみながら絶命する随鏡を、御霊御前は顔色ひとつ変えずに見下ろすのだった。

蝦夷の山中。自分が本当に荒覇吐に許されたのか確かめるため、阿弖流為はひとり雪深い山を進んでいた。すると阿弖流為の前に白い体躯と紅い目を持つ巨大な龍が現れ、阿弖流為の力を試すように襲いかかる。龍が荒覇吐だと確信した阿弖流為は、それに応えて全力で戦う。やがて龍は長い尾を阿弖流為へ寄り添わせ、新しい長の誕生を寿ぎ、阿弖流為への許しを示す。感無量の阿弖流為は、荒覇吐の前で、改めて故郷を守るため戦い抜くことを誓う。

 

蝦夷の地。阿弖流為らは大和の食糧補給部隊を奇襲するが、田村麻呂が駆けつけ、阿弖流為と早々に対峙することとなる。互いに一撃を食らい引き分けとなった後、阿弖流為に、川に毒が流され、蝦夷の非戦闘員までもが倒れてしまったとの知らせが届く。一方、本陣に帰還した田村麻呂も黒縄から毒の件を聞かされ、非道な行いに激怒する。黒縄の相容れない思想に苦しむ田村麻呂を稀継は諭し、田村麻呂は改めてこの戦の行末と己の役割についてひとり思案する。そこへ仮面をつけた怪しげな男たちが襲いかかるが、田村麻呂が戦いの最中に一人の仮面を剥ぐと、蛮甲であった。蛮甲は蝦夷を追われてから黒縄に仕え、田村麻呂暗殺を命じられていたが、軽々と男たちを撃退した田村麻呂にまたも投降し、蝦夷の内情を知る証拠として阿弖流為の追放の過去を語る。田村麻呂が聞き入っているところへ、稀継がやってくる。稀継は情報提供の礼と称して蛮甲を斬ろうとし、田村麻呂が慌てて制止した次の瞬間、なんと田村麻呂が稀継に斬られてしまう。田村麻呂を征夷大将軍に任じたのは、都の民や兵士たちから信頼の厚い田村麻呂を戦死させることで士気を上げ、戦に勝利するためだったのだ。田村麻呂は重傷を負いながらもなんとか蛮甲を逃すが、稀継に谷底へ突き落とされてしまう。

蝦夷の本陣。田村麻呂の戦死を機に勢いを増す大和との激しい戦いに、蝦夷側は疲弊していた。それでも気丈に振る舞う兵士たちに、阿弖流為は心を痛める。阿弖流為が戦の行末と己の役割に田村麻呂同様悩んでいるところへ、鈴鹿が心配してやってくる。鈴鹿阿弖流為を支えようと励ますが、言葉が次第に別人のようになっていく。はっと我に返った鈴鹿は、宝玉に念を込め、闇に潜み自身を乗っ取ろうとした敵を引きずり出す。現れたのは稀継と御霊御前だった。阿弖流為は斬りかかるが、幻術で作り出された幻である二人には歯が立たず、鈴鹿の念も弾かれる。そのうえ、阿弖流為は悩みにつけ込まれて逆に体を乗っ取られてしまう。そこへ、再び蝦夷側へ戻ろうとしていた蛮甲が現れ、田村麻呂の戦死の真相を暴露する。阿弖流為はそれを聞いて怒りに震え、尋常ならざる精神力で呪詛を破り、剣を振るって二人の幻をかき消す。阿弖流為の凄まじい力を目の当たりにした蛮甲は、阿弖流為には敵わないと四肢を投げ出し、念を容易く退けられた鈴鹿は、己の弱さを噛みしめるのだった。

その頃、田村麻呂は質素な民家で傷を癒していた。稀継に突き落とされた後、隠れ谷と呼ばれる奥地へ流れ着いて瀕死の状態だった田村麻呂を、鈴鹿(すずか/中村七之助)という蝦夷の女性が懸命に介抱し、一命を取り留めていたのだ。鈴鹿は田村麻呂が快方に向かっていることを喜ぶが、田村麻呂の両目は未だ包帯に覆われていた。己の過ちを自嘲しつつ繰り返し鈴鹿の献身に感謝する田村麻呂に、鈴鹿は、かつて恋人と共に故郷を捨てようとした過去をぽつりぽつりと語り出す。荒覇吐の怒りに触れ、隠れ谷から出られないよう閉じ込められても命までは奪われなかったのは、恋人の供養をしろとの慈悲だと思い、これ以上誰の命も失われないよう田村麻呂を必死に介抱したのだという鈴鹿の話に、田村麻呂は既視感を覚え、恋人の名を問う。鈴鹿は、その男の名は阿弖流為だと答える。田村麻呂は頷き、阿弖流為蝦夷を守るため族長として大和と立派に戦っていると伝える。驚き安堵し泣き崩れる鈴鹿の肩を複雑な心境で摩る田村麻呂は、鈴鹿と名乗って阿弖流為と共にいる立烏帽子の正体を訝しむ。落ち着いた鈴鹿は食事の支度のため外へ出かけていくが、間もなく怪しい男たちが向かってきたと戻ってくる。兵士を伴い家へ踏み入ってきたのは黒縄であった。稀継の指示で田村麻呂の遺体を捜索していた黒縄は、今度こそ田村麻呂を仕留めようとするが、鈴鹿が割って入り、黒縄に斬られてしまう。激しい怒りが田村麻呂の両目を開かせ、田村麻呂はそのまま兵士たちと黒縄を斬り殺す。鈴鹿は今際の際に、田村麻呂と阿弖流為が戦わず互いに手を取る道はないのかと田村麻呂に問い、自分の首飾りを渡し、絶命する。

やがて迎えた総力戦。両陣営ともに激しくぶつかり、蝦夷側は大嶽を失う。阿弖流為帝人兵たちに田村麻呂の死の真相を伝えようとするが、やはり信じてもらえない。阿弖流為が遂に戦場で生身の稀継と対峙した時、田村麻呂が現れる。田村麻呂は、動揺する帝人兵たちに向かって、稀継に殺されかけたことを暴露し、黒縄の遺体から奪ってきた、稀継が田村麻呂暗殺の褒美として要職を約束した書状を見せる。阿弖流為の言ったことは本当だったのかと田村麻呂側へ傾く兵士たちを、稀継は妖術で操ろうとするが、焦り故に鈴鹿の念に阻まれてしまう。とうとう捕縛された稀継が連行された後、田村麻呂は阿弖流為に向き直り、和睦の道を提示する。血相を変えて阿弖流為を説得しようとする鈴鹿を前に、田村麻呂は自分を救ったのは鈴鹿という名の蝦夷の女性だと語る。阿弖流為は二人の「鈴鹿」の存在に困惑するが、やがてある可能性に思い至り、鈴鹿──鈴鹿と名乗った女に改めて名を問う。鈴鹿は、もう気づいているのだろうと返す。阿弖流為は女を、「荒覇吐」と呼んだ。

荒覇吐は、阿弖流為に、自分の力が弱まり存在が危うくなっていることを明かし、かつて自分の遣いを殺したほどの戦闘力と精神力を持つ阿弖流為を将に仕立て上げ、戦に勝利して大和を退け、再び蝦夷の地と自分の力を取り戻す計略だったことを告げる。荒覇吐が鈴鹿の姿で阿弖流為接触したのは、阿弖流為を故郷へ呼び戻すためだったのだ。さらに阿弖流為は田村麻呂から、本物の鈴鹿が田村麻呂を庇って果てたことを知らされる。荒覇吐は、御霊御前と稀継から阿弖流為を守れなかったほどの力の衰えを苦しげに告白し、阿弖流為に向かい、お前は新たな戦神(いくさがみ)として蝦夷に君臨し、誇りをもって一族に殉じなければならないと宣言する。しかし、阿弖流為は、それは荒覇吐の都合だと一蹴する。蝦夷の民に必要なのは戦火に怯えることなく眠れる夜だと話す阿弖流為は、田村麻呂の前に自分の剣を置く。そばで聞いていた阿毛斗が耐えかねて荒覇吐へ意見しようとすると、激昂した荒覇吐に念力で弾き飛ばされてしまう。荒覇吐は何とか阿弖流為を説得しようとするが、阿弖流為は揺るがない。どうあっても説得には応じないと悟った荒覇吐は、阿弖流為の体を操り、田村麻呂に斬りかからせる。田村麻呂はやむを得ず応戦するが、阿弖流為はとうとう荒覇吐の術を破る。阿弖流為はそのまま荒覇吐へ剣を向け、荒覇吐も剣を構える。激しい剣戟ののち、やがて阿弖流為の剣が荒覇吐を貫くと、荒覇吐はどこか愛しげに阿弖流為と短く言葉を交わし、一太刀のもとに消え去る。

改めて和睦を誓う阿弖流為から剣を受け取った田村麻呂は、大和側を説得して蝦夷たちの暮らしを守らせると約束し、本物の鈴鹿の首飾りを形見として阿弖流為へ渡す。阿弖流為はそれを受け取りながら、田村麻呂に、この戦を仕掛けた帝に会ってみたいと頼み、田村麻呂は承知する。こうして阿弖流為は阿毛斗に見送られ、田村麻呂と共に京へ向かった。

一方、戦場で帝人兵たちに襲われ絶体絶命だった蛮甲を救ったのは、妻の熊子であった。しかし、すぐに囲まれてしまい、今度こそ逃げ場を失う。すると熊子はいきなり蛮甲に襲いかかり、倒れている帝人兵たちの鎧を指し示す。熊子は蛮甲に、帝人兵になりすまして生き残るために、自分を殺して手柄にしろと言っているのだった。必死に拒む蛮甲だったが、熊子の命がけの願いに応えるため、遂に熊子を斬り殺す。蛮甲は格闘の証として自分の顔を斬りつけ、大和の鎧を纏い、蝦夷が使役する大熊を討ち取ったと吠える。

京の都、宮中。田村麻呂は帝と御霊御前に召集されていた。御霊御前に労いの言葉をかけられた田村麻呂は、先だって交渉していた蝦夷の保護の件が前向きに検討されているのだと思い、重ねて依頼する。すると御霊御前は何のことだととぼけ、さらに重罪人として捕らえたはずの稀継が自由の身になって現れる。驚いた田村麻呂が、証拠として保管していた黒縄宛の書状を突きつけようとすると、御霊御前がそれを術で燃やしてしまう。呆然とする田村麻呂に向かい、御霊御前は、帝に逆らった蝦夷たちを保護するわけにはいかないし、稀継は帝の治世に必要な人材であると説き、田村麻呂に黒縄殺しの罰として蟄居を命じる。田村麻呂は抵抗するが、これを拒めば罰がさらに重くなり部下たちも処罰されるだろうと半ば脅され、仕方なく従う。田村麻呂は縄をかけられながら、約束を守れなかったことを阿弖流為へ詫びる。

宮中某所。阿弖流為は痛めつけられた体で連れられてくる。阿弖流為は死刑執行の立会人として現れた稀継に田村麻呂に会わせろと要求するが、軽くあしらわれる。阿弖流為は抵抗するが、荒覇吐による戦神の力の加護がない状態では縄すら解けず、やがて執行人がやってくる。覚悟を決めて首を差し出す阿弖流為に話しかけた執行人が、自身の顔を覆う布を捲り上げると、蛮甲であった。蛮甲は蝦夷での決戦以来、熊殺しの異名を取り、都で死刑執行人の職に就いていたのだ。そして稀継の前で振り下ろされた刀は、なんと阿弖流為の首ではなく腕を縛る縄を切った。驚く阿弖流為に、蛮甲は、大和のやり方が気にいらないのだと言い、背中を預ける。帝人兵たちと交戦する阿弖流為と蛮甲だったが、蛮甲が阿弖流為を助けようとして重傷を負う。蛮甲は獅子奮迅の勢いで抵抗し、数多の槍に貫かれながら、最期には母礼族の蛮甲として名乗りながら果てる。劣勢となった稀継は慌てて術を使うが、阿弖流為は身に宿っていた戦神の力でこれを破り、稀継を斬り殺し、帝のもとへ向かう。

同じ頃、自宅で蟄居中の田村麻呂のもとに、飛連痛と翔連通が駆けつけ、阿弖流為の狼藉と稀継の死を報告する。帝の許しがなければ自宅から出ることもできない田村麻呂は、自分の代わりに女・子どもや怪我人を守るよう指示し、二人はそれに従い退室する。二人を見送ったあと、もうできることはないと腐る田村麻呂のもとに、鈴鹿の幻が現れる。鈴鹿は無言で掛軸の裏に隠してあった阿弖流為の剣を指差し、頭を下げて消えてしまう。田村麻呂はその真意を考えるが、やがて、意を決して阿弖流為と自分の剣を持ち、飛び出していく。

帝の間へ辿り着いた阿弖流為が御簾を取り去ると、そこに帝はおらず、豪華な装束だけが抜け殻のように鎮座していた。そこへ御霊御前がやってきて、お前のような者には見えはしない、と阿弖流為へ声をかける。まるで概念とでもいうような帝の存在に阿弖流為が言葉をなくしていると、田村麻呂が駆けつけてくる。御霊御前は蟄居を破った田村麻呂を咎めるが、田村麻呂は激しくそれを遮り、御霊御前を下がらせる。田村麻呂は阿弖流為に剣を渡し、俺は自分にできることをする、と自らのそれを抜き鞘を捨て去る。ぶつかり合う阿弖流為と田村麻呂。一人の人間として田村麻呂と対峙する阿弖流為は、敢えて戦神の力を使わず、田村麻呂もまた、いつか誓い合ったように死力を尽くして刀を振るう。そして田村麻呂の刀が一閃する直前、不意に阿弖流為が動きを止め、そのまま一撃を浴びる。田村麻呂は瞬時に悟り、怒りと共に阿弖流為を振り返るが、これは阿弖流為の狙い通りであった。阿弖流為は、自分が都に災いをもたらす鬼、悪路王として降臨したうえで田村麻呂に討たれることによって、蝦夷に関する一切を田村麻呂に仕切らせ、蝦夷の暮らしを守らせようとしたのだ。その決断に田村麻呂は言葉もなく、阿弖流為は悪路王を名乗りながら、田村麻呂に全てを託し、果てる。

戦いの行末を見守っていた御霊御前が田村麻呂へ声をかけるのを、田村麻呂はまたも遮る。田村麻呂は、悪路王阿弖流為は自分以外には御せぬ、蝦夷に関することは全て任せてもらうと宣言する。すると御簾内から帝の声なき声が響き、御霊御前は、帝も了承されたと伝える。こうして、阿弖流為と田村麻呂、蝦夷と大和の戦いは幕を閉じた。

 

転〜好きポイント〜

阿弖流為

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・イメージカラー青。海の色。厳しく、優しく、深く、冷たく、境のない色。命を奪い、命を守る色

・狼を思わせる金色のカラコン。でも二次創作では青に描いてしまいがち(当社比)

・回想シーンでは髪が黒い。荒覇吐に呪われてから髪に白が混ざるようになった?あのまま戦神として荒覇吐の加護を受け続けていたら、どんどん浸食されて銀髪になっていたのでは?エモさで死んでしまう

・随鏡屋敷でのセルフ大向こうが終わったあとも客席に向かってアピールしててかわいい。あと足を踏み鳴らしてキメようとするとき、靴がゴム底(たぶん)だし床は所作台じゃないしで音が鳴らないから、エイッエイッ!フンッ!って感じに見えてかわいい

・蛮甲を見逃すときの「行け」が、友達に言うみたいに少し拗ねて聞こえるのがかわいい。蛮甲はかつて阿弖流為と親友の契りを交わした仲って言ってたから、気の置けない悪友同士だったのかもしれない

・荒覇吐のことを選ばなかったくせに「俺は、俺だけは、いつもあなたのことを思っている」とか言ってしまう業の深さ。おまえのそういうところが神をも狂わせてしまうんだよ、ほんとそういうとこだぞ

阿弖流為だからこそ最後に荒覇吐を選ばない選べないところ。それでも生まれたときから信仰の対象だった荒覇吐のもとへ、魂だけは還ると誓う心

・自分の剣、帝人兵の直刀、槍、と幾つもの得物を使いこなす。かっこいいぞ!

・飛び六方のシーン。体幹がヤバすぎて全く危なげない。片肌脱ぎの腕に滲む汗めちゃくちゃ美しい。唸りながら前だけを見て進んでいくさまがかっこよすぎて涙が邪魔

・「そう簡単に逃げられると思うな」の横顔の美しさはルーブル美術館が放っておかない

・結局呪いのとおり鈴鹿とは会えないままのところ

 

田村麻呂

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・イメージカラー茶。大地の色。我々を生かす土の色

・一見無機質に見える茶と黒の衣装の裏地に、生命力溢れる若草色をチョイスした方はどなたですか?田村麻呂というキャラクターを視覚的に表しすぎでは?天才か?お歳暮何がいい?どこ住み?てかLINEやってる?

・「喜んでないで逃げろ!巻き込まれると、…怪我するぜ」で唇を舐めるのと「逃すかよ」で花道を爆走するのはオタクを殺しすぎると法律で禁じられているので直ちに出頭するように

・冒頭の対ニセ立烏帽子党での戦闘BGMが好きすぎるのでサントラを売ってください

・初名乗りの「都の虎と〜」で裾を捌くの大好き

・稀継に刺されたときの痛がり方。初撃は驚きのあまり痛さが遅れてやってきていて、それからは何とか立て直そうとフーッフーッって意識的に呼吸してるところ

鈴鹿の手への「都の、ただ柔らかいだけの女の手とは違う」発言。初心に見えて女の手を握ったことや握られたことがあるってことだよね。モテそうだもんね

鈴鹿の口から阿弖流為の名が出た時の「やはりそうか」の笑顔から、スンッ…と一瞬真顔になる失恋の瞬間がかわいい

・黒縄に向かって鈴鹿のことを「その人」って呼ぶところに、自分のものではないけれど尊い大切なものを呼ぶときの感じが出ていて、割とガチ恋ぽくてかわいい

・息も絶え絶えの鈴鹿の「田村麻呂さま…」に小さく「うん」って応えてて勘弁してくれ

・黒縄を斬り殺すときの、赤を塗り重ねすぎたみたいな昏くて激しい瞳

鈴鹿の首飾りを自分で持っていることもできるのに、阿弖流為に渡しちゃうところ

・戦に関してはめちゃめちゃ頭が切れるところ。基本的にあほな子に見えて色々考えてるところが好き。ただあと一歩足りない。結局荒覇吐の言うとおり、自分の理想ルートは当然阻まれ、それを覆すこともできず、しかも阿弖流為の自己犠牲によって戦が終わる。そういう、浅慮とまでは言わないけど、目の前とほんの少し先のことを考えるのに精一杯で、それでもそこで頑張るところがいい

・蛮甲の「足元をすくう〜」の動きに合わせてスッと足を引くところ

・野も山も同じように走れる蝦夷阿弖流為よりも田村麻呂のほうが低い構えなのは最高

・御霊御前に「いいですか田村麻呂」とお説教モードに入られた時のウワ〜〜〜〜〜みたいな顔が完全に弟でかわいい。いい加減になさい!と怒られたときは後ろ姿が一瞬ピシッと揺れるのもかわいい

・書状を燃やされたあと、動揺しながらも文箱を丁寧に床に置く育ちの良さ

阿弖流為を「ただの人です」と呼んで、鬼でも悪魔でもなく人間として扱うのが、痛々しいまでの柔らかさで、結局阿弖流為が鬼として死ななければならないことの悲しさが引き立つ

阿弖流為との最終戦で「死力は尽くすさ、人としてな」と言われた時の嬉しそうな顔!

 

荒覇吐

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・イメージカラー緑(青)。空の色、森の色、山の色、朝の色、夜の色、命の色

・冒頭、ニセ立烏帽子党員たちの動きを目だけ動かして追うところ。田村麻呂との立ち回りの直前、割り込みのタイミングを見計らっている目

・舞の衣装の中から、戦装束の青が見え隠れするところ

・水干姿。そのあと花道を走るとき、全く足音がしないところ

・悩む阿弖流為に「どうしました、おひとりでこんなところに」と声をかけるところ、阿弖流為のこと抱いた感がすごい

・和睦の提案をする田村麻呂が先に置いた剣を、ものすごい形相で見つめるところ

阿弖流為への感情を爆発させた、狂おしい叫び

・田村麻呂の和睦の提案を拒絶するときの、悲しいまでの正しさ。どんな甘言を吐こうと上層部は蝦夷征伐を諦めないし、田村麻呂はそれに抗えない

阿弖流為を斬ってしまったときの「あっ…」って小さく声を漏らして手を伸ばしてしまうところ

阿弖流為に一撃食らったときのハッとした顔

阿弖流為だから選んだのに、阿弖流為だから選んでもらえなかったこと

・最後の最後まで直接阿弖流為の肌に触れることはなかったところ

 

その他(観劇時の思い出含む)

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・飛連痛と翔連通がアイコンタクトして頷き合ってから補給部隊を休憩させるところ。二人の阿吽の呼吸が滲んでいてとてもよい。きっとお互い切磋琢磨しながら田村麻呂のナンバーワン部下になったんだろうな。同期っていいな

・田村麻呂が征夷大将軍を打診されたことを話しているとき、呆れながら頭の後ろを掻く翔連通。田村麻呂も御霊御前に説教されてるときに同じことをしていた?だとすると翔連通はその癖を真似たか移ったか。ほんとに尊敬しているんだなあ

・稀継初登場シーンで、後見(こうけん)さんが椅子を準備してから彌十郎さんの背中をポンって軽く叩いて合図したのが見えたところ。後見さん大好き

・田村麻呂の目を覆う包帯がバツンと斬られるとき、後ろで鈴鹿が仕掛けを操っているところ

・食糧補給部隊を襲うとき、阿弖流為が「おはようございますぅ〜」と声をかけて、いてうさんが律儀に眠そうに返事をして起き上がるところ。声の掛け方は日替わりだった気もする

・食糧補給部隊の山左衛門さんが荷車をちゃんと押せていないところ。完全に手が離れてて、逆に追うかたちになっていて早歩きしててかわいい。幕間で劇場ロビーに荷車が準備されていたのを思い出す

・シャケリレーのところ。幕が開いて割と早い日程で撮影したらしくて、まだあっさりしているけど、蛮甲がシャケを取るジェスチャーをしたあとの流れは日替わりネタで、通称シャケリレーとして観劇客が毎日ツイッターでタグをつけて内容を報告していて、ひたすら盛り上がったのを覚えている。附打(つけうち)の山崎さんがホイッスルを担当してラグビーの五郎丸選手ネタをやったり、立烏帽子が空中で斬りまくって刺身にしたりしていて楽しかった

・胆沢城で阿弖流為を刺したアンサンブルさんが、たぶんそのあとで族長に推された阿弖流為阿弖流為コールが起こったとき目をキラキラさせていた若者と同一人物なこと

・田村麻呂に手を美しいと褒められた鈴鹿が、自分の手をまじまじと見ながらキョトンと首を小さく傾げるところ。通称女の子座りができているところ。涙の拭い方

・田村麻呂の回復ぶりへの「よかった」と、阿弖流為が生きていることを知ったときの「よかった」が全然違うところ

・田村麻呂をひとりで自宅まで連れ帰り、帝人兵の拘束を振り解く、鈴鹿の腕力

・蛮甲が熊子に話しかけるとき、話す速度が気持ちゆっくりになるところ

・劣勢と見れば即座に退却の判断をする、かなりできる男黒縄

・蛮甲の見得

・食糧難でも明るく振る舞う蝦夷の兵たちに、阿弖流為が頭を下げてしまうとき、大嶽だけがそれに応えてくれるところ。将たるもの部下の前で弱さを見せてはいけないと個人的に思っているので、阿弖流為が頭を下げたとき、阿弖流為も結構きてるな…と思ったし、大嶽だけが気づいてくれたとき、元族長としての器を感じた。あまり活躍の場面がない大嶽だけど、この一瞬で族長を務めた男だとわかる。最高

・いつかの胆沢城奪還直後、嬉しさのあまりぴょんぴょん跳んではしゃぐ大嶽の回。周りの蝦夷の兵たちは「お…大嶽さま笑」「大嶽さま笑」ってザワザワしてて面白かった

・客席の拍手や声を意図的にカットしてくれたところ。阿弖流為が立烏帽子に続いて宝玉を取り出すところと、御霊御前の「帝も頷いておられる」のところで謎の笑いがいつも起きててめちゃくちゃモヤモヤしてたので嬉しかった。特に後者。でも稀継の「あとは戦の総仕上げじゃ!」に「大和屋!!」ってかかるところがアツい

・白き獣に襲われたときの鈴鹿の海老反りと、それに伴う髪の柔らかな動き

・まるでロミオとジュリエットみたいな阿弖流為と田村麻呂

・蛮甲が熊子を紹介するときや、熊子の手の蜂蜜を舐めるとき、後ろで頭を抱えてたり嫌そうな顔をしたりしていた、丁寧な芝居をする阿毛斗

・胆沢城で阿弖流為を復活させたときの、立烏帽子の口角の上がり方と振り返り方

阿弖流為に悪事を追及されて名指しされたときのいてうさんの内股具合

・御霊御前が荒覇吐に言う「ほう、面白いモノが居ますね」のセリフ。遠隔とはいえ対面した第一声でこれ。一瞬で正体を見抜いたのだと思う。衰弱しているとはいえ神をモノ扱いする御霊御前。最高

・田村麻呂にとうとう喉元に刀を突きつけられた稀継が、刀がちょっと遠かったのが気になったのか、自ら手を添えて喉に近づけていたところ

・随鏡屋敷で田村麻呂が「無碍、無碍、無碍むげ〜!!」って迫るとき、足を踏み鳴らすのに合わせて随鏡たちがジャンプしてあげていた回

・胆沢城潜入時に牢の鍵を壊すところも日替わりだった。蛮甲が「あ…開かない!」って焦ったり、阿弖流為が「押してだめなら引くんだよ!」って引いてみたりしてて面白かった

・黒縄と田村麻呂が対立するシーンで、胸ぐらを掴まれた黒縄が手をピーンと伸ばしてギャグシーンみたいにしていた回があったけど、シリアスなままの収録バージョンもよい

 

結〜如何に私が阿弖流為を愛しているか、あるいは何を思っているか〜

と、まあ、この作品は、この通り性癖の全部乗せみたいな感じなのだが、私が何よりも素敵だと思うのは、「これはもうどうしようもないな」という感想に至る点だ。必然性と言ってもいい。阿弖流為、田村麻呂、荒覇吐は、それぞれ、そうすべきだと思ったことをそのときにした。どうしようもないな、というのは、if を持ち出す気にもなれないほどの必然性を感じるからである。キャラクターの選択のそれがきっちりと感じられる作品は最高。

特に阿弖流為と荒覇吐、阿弖流為と田村麻呂の最終決戦は眼目だと思う。前者は荒覇吐の阿弖流為へのクソデカ感情が大爆発しており、後者は後者でどこか子どもの喧嘩みたいなところがある。殺し合いなのにね。

私は荒覇吐のことをマジでヤバいと思っていて、それは鈴鹿阿弖流為をお互い生死不明のまま生き長らえさせ、記憶を封じた阿弖流為はともかく、鈴鹿は全て覚えているままというある意味死ぬよりつらい生き地獄を用意した点で明らかだ。自分よりも女を選んだ実績を持つ阿弖流為を戦神に選出するのはどう考えてもハイリスクだが、それでも運命まで演出して接触し、なぜ私のために戦ってくれないのだと声を枯らして叫びまくる、これが人間でなくて何だというのだろうか。それでも神性を失わない存在感もとんでもないのだが。執着が土地神?としての衰弱を招いたとは思わないが(衰弱の原因が、単に荒れた土地にあるのか、あるいは死と隣り合わせの日々に追われる蝦夷の民たちから徐々に信仰心が失われていったことにあるのか、はたまた両方か)、なんというか、まるで恋みたいだなと思うのであった。荒覇吐と阿弖流為の立ち回りはさながら魂の情事のようであり、私はそういうのにめちゃめちゃ弱い*4

一方田村麻呂と阿弖流為のそれは、なんか小学生の喧嘩のように見える瞬間がある。ウ〜ッ!!と唸りながら取っ組み合って、最後はまあこいついいやつだってわかってるけどさ…と両成敗みたいになるのだ。別にお互い嫌いあってて戦うわけじゃないんだから、そうだったらよかったのにね。ただどう考えてもそうはならないよねっていう物語の必然性で、このifを自ら否定できてしまうところがまた最高に胸が熱くなる。

そして言わずもがなだが、全員歌舞伎役者が演じているというのもいい。自らを器として、そこに先人たちが脈々と受け継いできた身体の芸術を注ぎ込み、自らの血肉とすることを生業としている彼らが、その経験をもってして、全く新しい人生を生きているのだ。型の中で自分の感情や身体を練り上げる訓練を積んだ人たちから立ちのぼる、圧倒的な歴史の匂いに、ただただ感謝するしかない*5。足の親指の向きひとつまでも自分の思い通りにできる、細胞レベルにまで行き届いたその細やかさによって、どこで一時停止しようが、その画は最早芸術品なので、よければ円盤を買って確かめてほしい。

 

最後になるが、もし歌舞伎を観たことのない方がこの記事を読まれているのなら、安心してほしい。セリフは現代語です。早く言えよ。

 

 

 

さて、1万6千字である。今一度問うことにする。

 

 

 

 

 

あなたは阿弖流為を知っているか?

 

 

 

 

 

 

おまけ〜観劇当時の狂人の記録〜

【自分用】阿弖流為感想 https://togetter.com/li/993892

 

 

*1:東劇のみ20日まで上映延長

*2:2020年4月1日から値上げが発表された。https://www.shochiku.co.jp/cinemakabuki/sp/news/2020/02/ryokin12020.html

*3:厳密に言うと、このふたりはシネマ歌舞伎阿弖流為での出会いが初めてではない。実は阿弖流為は「アテルイ」という劇団☆新感線の2002年のお芝居を歌舞伎NEXTとしてリニューアルしたものであり、「アテルイ」のほうも松本幸四郎さんがゲスト出演し主演を務めている。幸四郎さんは新感線のファンで、このほかにも「朧の森に棲む鬼」や「阿修羅城の瞳2003」などで出演しているので、機会があれば観てほしい。円盤も出てるよ

*4:魂の恋に弱い人は「阿修羅城の瞳2003」を観て、幸四郎さんと天海祐希さまによる世界を巻き込む一世一代の大恋愛を目撃しよう

*5:特に稀継役の坂東彌十郎さん、御霊御前役の市村萬次郎さん、黒縄役の市村橘太郎さんが素晴らしい。ベテラン勢最高