頭の中のさまざまのこと

すきなこと、考えていること

阿弖流為を知っているか?という話

あなたは阿弖流為(あてるい)を知っているか?

 

 

私は阿弖流為ヤクザである。後述するがこれはお芝居のタイトルで、私はこの作品をこよなく愛している。その作品はシネマ歌舞伎という映像プロジェクトに組み込まれていて、このたび2020年2月7日から13日まで東京東銀座の東劇ほか全国での期間限定アンコール上映が決まった*1。これはそれに向けたダイレクトマーケティングである。

(シネマ歌舞伎とは、その名の通り歌舞伎を映画館で観ることができるプロジェクトだ。たったの大人2100円*2で、一等席16500円以上の近距離で撮影された役者の顔や汗や瞳や指先や髪の一筋などを見ることができる。そう、実質無料)

 

※2020年2月6日   東劇以外の映画館も含めた全国公開なので、文面を修正しました。ご指摘ありがとうございました

シネマ歌舞伎  阿弖流為  上映情報

https://www.shochiku.co.jp/cinemakabuki/sp/lineup/31/

 

※2020年2月8日   東劇のみ20日までの上映延長が決まったので注釈を入れました。これは全人類履修せよとの神からのお告げである

 

 

阿弖流為とは、実際に平安時代蝦夷(えみし。現在の東北地方、北海道のこと)の軍事指導者だった男の名前だ。またの名を、『性癖ゴリラ歌舞伎』という。

 

まずはビジュアルをご覧いただこう。

 

 

 

 

 

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わかる。言いたいことはわかる。落ち着いてほしい。まだ慌てる時間じゃない。わかってる。この顔にピンときたら次のステップへGOだ。いいぞ、あなたには才能がある。

 

 

 

起〜導入〜

ここでいう阿弖流為とは、2015年に上演された『歌舞伎NEXT   阿弖流為』というお芝居のことである。俳優の古田新太を擁する劇団☆新感線の脚本家&演出家と歌舞伎俳優の松本幸四郎さん(当時は市川染五郎。以後は幸四郎さんで統一する)がコラボレーションした企画・歌舞伎NEXT第1作目として打ち出された。私はこれを東京公演と大阪公演合わせて4回観た。マジでビビった。冒頭、タイトルをバックに赤いライトを一身に浴びてキメる七之助くんを見たとき、涙が出てきた。かっこよすぎて泣くなんてことがこの世にはあるんだな…と思った。

劇団☆新感線の脚本家中島かずきは何を隠そう、2019年に数々のオタクたちの心を燃やしては消し燃やしては消したアニメ映画『プロメア』の脚本家である。一方で歌舞伎役者松本幸四郎さんは、仲間内ひいては実の息子からも「あの人、変ですよね」「変わってる」「変人」「ポテトチップスは野菜ではない」「ちょっとおかしい」などと言われる歌舞伎オタクであるが、ひとたび舞台に立てば圧倒的な存在感と誠実な演技力と危うい色気と確かな踊りで贔屓たちのハートをメロメロにする男でもある。このふたりが出会った瞬間、勝利は約束された。*3

好きになれるかわからないものや、作品の全貌、あるいは出演者すら一部未発表のものに時間と金を払うのをあまり躊躇わないのがこの界隈のオタクだが、そうでない方の不安を払拭するべく、以下に微に入り細に入りストーリーを書く。これ読んで性癖を感じたら映画館へGOだ。特に先のナウシカ歌舞伎でクシャナ殿下の夢女子になった方は、七之助くんの演技を想像しながら読んでほしい。

ざっくり言うと、『熱血武闘派誰からも愛される太陽属性マンと、神から呪われ記憶をなくしても故郷のため戦うミステリアスピュア月属性マンと、月属性マンに付き従いながら暗躍する龍の女のさだめが絡み合う、鬼と人間と神の物語』である。

そんなに細かくなくていいよという方は、こちらの公式サイトのあらすじを読んでください。

https://www.kabuki-bito.jp/theaters/shinbashi/play/83/

 

 

承〜ストーリー・超ネタバレ・ちょっとうろ覚え〜

昔むかしの日本。

京の都では、北方の民・蝦夷たちで結成された立烏帽子党(たてえぼしとう)と呼ばれる盗賊集団が人を襲って金品を奪う事件が相次いでいた。旅芸人の踊り子たちが通りで美しい舞を披露していると、立烏帽子党を名乗る覆面の男たちが突然やってきて暴れ始める。人々が逃げ惑う中、全く怯える様子のない1人の踊り子が舞の衣装を脱ぎ捨てると、中から華麗な戦装束が現れる。周りの踊り子たちも次々に倣い、刀を手に男たちを圧倒する。彼女たちが本当の立烏帽子党であり、自らを騙るニセ立烏帽子党を誘い出すために変装していたのだった。党首の立烏帽子(中村七之助)がニセ立烏帽子党員たちを殺しかけるところへ、都に住む武士・坂上田村麻呂(中村勘九郎)が駆けつけ、それを阻む。詮議のために生かしておきたい田村麻呂は立烏帽子を説得しようとするが、聞き入れられない。二人が切り結んでいると、謎の男(松本幸四郎)が現れ、立烏帽子に加勢するかたちで田村麻呂へ斬りかかる。立ち回りの最中、いつの間にか立烏帽子の姿は消えていたが、田村麻呂は立烏帽子を追うよりもニセ立烏帽子党員たちの連行を優先する。わざわざ蝦夷を騙って悪事を働く背景には何か企みがあるはずだと踏む田村麻呂を、男は評価する。名を尋ねられた男は、都の虎と自らを称した田村麻呂を真似て、北の狼と名乗る。

北の狼と名乗る男が夜道を歩いていると、立烏帽子が姿を現し、加勢の礼を述べる。男は、蝦夷の悪評を広げる者が許せなかったのだと吐き捨てる。男は自分が蝦夷の出身であること以外のほとんどの記憶を失くしていた。立烏帽子は男を「阿弖流為(あてるい)」と呼び、懐から紅く輝く宝玉を取り出す。阿弖流為と呼ばれた男は目を見開き、懐から全く同じ宝玉を取り出す。それは立烏帽子のものと呼応するように、また紅く輝いていた。立烏帽子の言葉に、男はかつての記憶を取り戻す。

阿弖流為蝦夷の族長の息子であったが、阿弖流為の命を案じた恋人に説得され、蝦夷征伐を画策する大和朝廷との争いから逃れようと、共に逃亡を図った。その途中、立入が禁じられている山──蝦夷が信仰する神・荒覇吐(あらはばき)の棲む山に迷い込んでしまい、襲ってきた遣いの白き獣を、恋人を守るために殺めてしまう。紅い宝玉はその獣の魂であった。蝦夷を捨て、神の遣いを殺すという大罪を犯した二人は、互いと二度と会えぬ呪いをかけられ、阿弖流為は過去をも封じられ、蝦夷の土地をバラバラに追われた。そしてその恋人こそが立烏帽子であった。立烏帽子がいつか返そうと持ち歩いていた当時の両刃剣を受け取った阿弖流為は、立烏帽子の本当の名を呼ぶ。「鈴鹿(すずか)」と。

鈴鹿蝦夷征伐の機運が高まりつつある現状を憂い、故郷に戻り戦おうと阿弖流為を誘う。阿弖流為は過去を思い返して躊躇うが、こうして会えたのだから呪いは既に解けているはずだという鈴鹿の言葉に心を決める。喜ぶ鈴鹿だが、阿弖流為は旅立つ前に寄るところがあると言い、鈴鹿を伴い夜の町を駆ける。

宮中。田村麻呂の実姉にして京屈指の巫女・御霊御前(みたまごぜん/市村萬次郎)は、蝦夷討伐が順調にいっておらず、帝の機嫌が悪いことを憂いていた。御霊御前がニセ立烏帽子党員の処遇について大臣禅師・無碍随鏡(むげのずいきょう/澤村宗之助)に尋ねると、既に死罪にしたと答える。そこへ田村麻呂が兵士たちの制止を振り切って乗り込んできて、いきなり随鏡を殴り飛ばしてしまう。詮議の済まぬままの性急な死罪に納得がいかないと田村麻呂は抗議するが、御霊御前は取り合わず、随鏡を退室させる。その御霊御前を宥めたのは、田村麻呂の叔父で右大臣の藤原稀継(ふじわらのまれつぐ/坂東彌十郎)であった。死罪の件は諫めておくと稀継が約束し、田村麻呂はようやく溜飲を下げる。稀継は真っ直ぐな性格で臣民に慕われている田村麻呂を気に入っており、蝦夷征伐の征夷大将軍として共に前線に赴くよう田村麻呂に頼む。武士の誉と御霊御前は喜ぶが、田村麻呂は、戦につきまとう大義というものがどうにも胡散臭いのだと渋り、返事を保留する。稀継と御霊御前が退室すると、田村麻呂の部下である飛連通(ひれんつう/大谷廣太郎)翔連通(しょうれんつう/中村鶴松)が随鏡への乱暴騒ぎを知って駆けつけてくる。田村麻呂が二人へ事の顛末を報告していると、薄絹を纏った鈴鹿が現れ、思わせぶりに走り去る。田村麻呂は二人を連れて後を追う。

その頃、随鏡の屋敷では、死んだはずのニセ立烏帽子党員たちと随鏡が親しげに話をしていた。実は彼らを裏で動かしていたのは随鏡だったのだ。随鏡はニセ立烏帽子党員たちを使って金品を奪い、私腹を肥やすと同時に、都の住人たちの蝦夷への悪意を増幅させていた。そこへその話を盗み聞きしていた阿弖流為が躍り出て、兵士たちを蹴散らし、随鏡たちに盗んだ金品の隠し場所を問い詰める。随鏡たちが場所を白状すると同時に、鈴鹿の薄絹を目印に屋敷へ辿り着いていた田村麻呂たちも合流し、供述通りの場所から金品を発見する。田村麻呂が随鏡たちを捕縛している間に、阿弖流為は姿を消していた。

蝦夷の地へ出立しようとしている阿弖流為鈴鹿の元に、田村麻呂が現れる。田村麻呂は、阿弖流為が自分で捕らえることもできたのに、何故そうしなかったのかと問う。阿弖流為は、大和朝廷内の問題は大和が解決すべきだし、田村麻呂なら任せられると思ったのだと答える。その考え方に田村麻呂は唸り、なぜ互いに敵同士の民として生まれたのだろうと残念がる。阿弖流為と田村麻呂は、別れ際に改めて名乗り合い、いつの日か戦場で相見えた時は死力を尽くして戦おうと誓い合う。

蝦夷の里。大和との戦で荒れ果てた村で、荒覇吐に仕える巫女一族、母礼(もれ)族の男・蛮甲(ばんこう/片岡亀蔵)は、妻の熊子(人名ではなく本当の熊)と共に、大和に制圧された胆沢城の奪還作戦を村人たちに披露し、作戦への参加を募っていた。同じ母礼族の阿毛斗(あけと/坂東新悟)がその好戦的な行いを厳しく嗜めるところへ、阿弖流為鈴鹿が帰郷してくる。禁忌を破って戻ってきた二人に皆は驚き、嫌悪するが、族長を務めていた阿弖流為の父が戦死したこと、その後任の大嶽(おおたけ)も囚われ、蝦夷の兵たちと共に胆沢城に幽閉されていることを伝える。動揺する阿弖流為だったが、阿毛斗の前に跪き、故郷のために戦う覚悟を荒覇吐に伝えてほしいと嘆願する。阿毛斗は、その覚悟の証として大嶽らを救出するように指示する。こうして阿弖流為鈴鹿が中心になり、急遽蛮甲が提唱する胆沢城奪還作戦を実行することとなった。

胆沢城。蛮甲の下見通り警備の手薄だった裏手から城内に忍び込むことに成功した阿弖流為らは、大嶽らが囚われた牢を発見し、早速救出しようとする。すると阿弖流為に気づいた大嶽が逃げろと叫ぶが早いか、近くの囚人に阿弖流為が刺され、倒れ込んでしまう。大嶽以外の囚人らは全員大和の帝人兵であり、警備の薄さも全て蝦夷の兵たちをおびき寄せる罠だったのだ。大和の知将・佐渡馬黒縄(さどまのくろなわ/市村橘太郎)を前に劣勢を悟った蛮甲は早々に投降し、あっという間に大和へ寝返ってしまう。しかし、鈴鹿が宝玉を取り出し、阿弖流為の名を呟いて念を込めると、凶刃に倒れたはずの阿弖流為が力を取り戻し、帝人兵たちを一掃する。一気に形成逆転された黒縄たちは敗走し、阿弖流為らは、胆沢城の奪還、大嶽と蝦夷の兵たちの救出に成功する。大嶽は阿弖流為を新たな族長に任命し、阿毛斗も母礼族を代表し全面協力を約束する。あっさり寝返った蛮甲を処罰しようとする皆を阿弖流為は止め、咎めずに解放する。

京の都。胆沢城が奪還された一報はすぐに都に届き、田村麻呂は御霊御前と稀継に召集される。阿弖流為が将になったのだと悟った田村麻呂は、征夷大将軍の任を引き受けることを決め、稀継と共に前線へ向かう。

宮中。御霊御前のもとに随鏡がやってきて、田村麻呂の行動について非難する。実は随鏡によるニセ立烏帽子党の一連の活動は、御霊御前の指示だったのだ。自身が指示しておきながら田村麻呂の逮捕劇を許した御霊御前に意見しつつ、随鏡は、何か考えがあってのことだろうと再度指示を仰ぐ。しかし、御霊御前は、何のことだととぼけてみせ、随鏡に妖術をかける。そうして全ての罪を着せられ苦しみながら絶命する随鏡を、御霊御前は顔色ひとつ変えずに見下ろすのだった。

蝦夷の山中。自分が本当に荒覇吐に許されたのか確かめるため、阿弖流為はひとり雪深い山を進んでいた。すると阿弖流為の前に白い体躯と紅い目を持つ巨大な龍が現れ、阿弖流為の力を試すように襲いかかる。龍が荒覇吐だと確信した阿弖流為は、それに応えて全力で戦う。やがて龍は長い尾を阿弖流為へ寄り添わせ、新しい長の誕生を寿ぎ、阿弖流為への許しを示す。感無量の阿弖流為は、荒覇吐の前で、改めて故郷を守るため戦い抜くことを誓う。

 

蝦夷の地。阿弖流為らは大和の食糧補給部隊を奇襲するが、田村麻呂が駆けつけ、阿弖流為と早々に対峙することとなる。互いに一撃を食らい引き分けとなった後、阿弖流為に、川に毒が流され、蝦夷の非戦闘員までもが倒れてしまったとの知らせが届く。一方、本陣に帰還した田村麻呂も黒縄から毒の件を聞かされ、非道な行いに激怒する。黒縄の相容れない思想に苦しむ田村麻呂を稀継は諭し、田村麻呂は改めてこの戦の行末と己の役割についてひとり思案する。そこへ仮面をつけた怪しげな男たちが襲いかかるが、田村麻呂が戦いの最中に一人の仮面を剥ぐと、蛮甲であった。蛮甲は蝦夷を追われてから黒縄に仕え、田村麻呂暗殺を命じられていたが、軽々と男たちを撃退した田村麻呂にまたも投降し、蝦夷の内情を知る証拠として阿弖流為の追放の過去を語る。田村麻呂が聞き入っているところへ、稀継がやってくる。稀継は情報提供の礼と称して蛮甲を斬ろうとし、田村麻呂が慌てて制止した次の瞬間、なんと田村麻呂が稀継に斬られてしまう。田村麻呂を征夷大将軍に任じたのは、都の民や兵士たちから信頼の厚い田村麻呂を戦死させることで士気を上げ、戦に勝利するためだったのだ。田村麻呂は重傷を負いながらもなんとか蛮甲を逃すが、稀継に谷底へ突き落とされてしまう。

蝦夷の本陣。田村麻呂の戦死を機に勢いを増す大和との激しい戦いに、蝦夷側は疲弊していた。それでも気丈に振る舞う兵士たちに、阿弖流為は心を痛める。阿弖流為が戦の行末と己の役割に田村麻呂同様悩んでいるところへ、鈴鹿が心配してやってくる。鈴鹿阿弖流為を支えようと励ますが、言葉が次第に別人のようになっていく。はっと我に返った鈴鹿は、宝玉に念を込め、闇に潜み自身を乗っ取ろうとした敵を引きずり出す。現れたのは稀継と御霊御前だった。阿弖流為は斬りかかるが、幻術で作り出された幻である二人には歯が立たず、鈴鹿の念も弾かれる。そのうえ、阿弖流為は悩みにつけ込まれて逆に体を乗っ取られてしまう。そこへ、再び蝦夷側へ戻ろうとしていた蛮甲が現れ、田村麻呂の戦死の真相を暴露する。阿弖流為はそれを聞いて怒りに震え、尋常ならざる精神力で呪詛を破り、剣を振るって二人の幻をかき消す。阿弖流為の凄まじい力を目の当たりにした蛮甲は、阿弖流為には敵わないと四肢を投げ出し、念を容易く退けられた鈴鹿は、己の弱さを噛みしめるのだった。

その頃、田村麻呂は質素な民家で傷を癒していた。稀継に突き落とされた後、隠れ谷と呼ばれる奥地へ流れ着いて瀕死の状態だった田村麻呂を、鈴鹿(すずか/中村七之助)という蝦夷の女性が懸命に介抱し、一命を取り留めていたのだ。鈴鹿は田村麻呂が快方に向かっていることを喜ぶが、田村麻呂の両目は未だ包帯に覆われていた。己の過ちを自嘲しつつ繰り返し鈴鹿の献身に感謝する田村麻呂に、鈴鹿は、かつて恋人と共に故郷を捨てようとした過去をぽつりぽつりと語り出す。荒覇吐の怒りに触れ、隠れ谷から出られないよう閉じ込められても命までは奪われなかったのは、恋人の供養をしろとの慈悲だと思い、これ以上誰の命も失われないよう田村麻呂を必死に介抱したのだという鈴鹿の話に、田村麻呂は既視感を覚え、恋人の名を問う。鈴鹿は、その男の名は阿弖流為だと答える。田村麻呂は頷き、阿弖流為蝦夷を守るため族長として大和と立派に戦っていると伝える。驚き安堵し泣き崩れる鈴鹿の肩を複雑な心境で摩る田村麻呂は、鈴鹿と名乗って阿弖流為と共にいる立烏帽子の正体を訝しむ。落ち着いた鈴鹿は食事の支度のため外へ出かけていくが、間もなく怪しい男たちが向かってきたと戻ってくる。兵士を伴い家へ踏み入ってきたのは黒縄であった。稀継の指示で田村麻呂の遺体を捜索していた黒縄は、今度こそ田村麻呂を仕留めようとするが、鈴鹿が割って入り、黒縄に斬られてしまう。激しい怒りが田村麻呂の両目を開かせ、田村麻呂はそのまま兵士たちと黒縄を斬り殺す。鈴鹿は今際の際に、田村麻呂と阿弖流為が戦わず互いに手を取る道はないのかと田村麻呂に問い、自分の首飾りを渡し、絶命する。

やがて迎えた総力戦。両陣営ともに激しくぶつかり、蝦夷側は大嶽を失う。阿弖流為帝人兵たちに田村麻呂の死の真相を伝えようとするが、やはり信じてもらえない。阿弖流為が遂に戦場で生身の稀継と対峙した時、田村麻呂が現れる。田村麻呂は、動揺する帝人兵たちに向かって、稀継に殺されかけたことを暴露し、黒縄の遺体から奪ってきた、稀継が田村麻呂暗殺の褒美として要職を約束した書状を見せる。阿弖流為の言ったことは本当だったのかと田村麻呂側へ傾く兵士たちを、稀継は妖術で操ろうとするが、焦り故に鈴鹿の念に阻まれてしまう。とうとう捕縛された稀継が連行された後、田村麻呂は阿弖流為に向き直り、和睦の道を提示する。血相を変えて阿弖流為を説得しようとする鈴鹿を前に、田村麻呂は自分を救ったのは鈴鹿という名の蝦夷の女性だと語る。阿弖流為は二人の「鈴鹿」の存在に困惑するが、やがてある可能性に思い至り、鈴鹿──鈴鹿と名乗った女に改めて名を問う。鈴鹿は、もう気づいているのだろうと返す。阿弖流為は女を、「荒覇吐」と呼んだ。

荒覇吐は、阿弖流為に、自分の力が弱まり存在が危うくなっていることを明かし、かつて自分の遣いを殺したほどの戦闘力と精神力を持つ阿弖流為を将に仕立て上げ、戦に勝利して大和を退け、再び蝦夷の地と自分の力を取り戻す計略だったことを告げる。荒覇吐が鈴鹿の姿で阿弖流為接触したのは、阿弖流為を故郷へ呼び戻すためだったのだ。さらに阿弖流為は田村麻呂から、本物の鈴鹿が田村麻呂を庇って果てたことを知らされる。荒覇吐は、御霊御前と稀継から阿弖流為を守れなかったほどの力の衰えを苦しげに告白し、阿弖流為に向かい、お前は新たな戦神(いくさがみ)として蝦夷に君臨し、誇りをもって一族に殉じなければならないと宣言する。しかし、阿弖流為は、それは荒覇吐の都合だと一蹴する。蝦夷の民に必要なのは戦火に怯えることなく眠れる夜だと話す阿弖流為は、田村麻呂の前に自分の剣を置く。そばで聞いていた阿毛斗が耐えかねて荒覇吐へ意見しようとすると、激昂した荒覇吐に念力で弾き飛ばされてしまう。荒覇吐は何とか阿弖流為を説得しようとするが、阿弖流為は揺るがない。どうあっても説得には応じないと悟った荒覇吐は、阿弖流為の体を操り、田村麻呂に斬りかからせる。田村麻呂はやむを得ず応戦するが、阿弖流為はとうとう荒覇吐の術を破る。阿弖流為はそのまま荒覇吐へ剣を向け、荒覇吐も剣を構える。激しい剣戟ののち、やがて阿弖流為の剣が荒覇吐を貫くと、荒覇吐はどこか愛しげに阿弖流為と短く言葉を交わし、一太刀のもとに消え去る。

改めて和睦を誓う阿弖流為から剣を受け取った田村麻呂は、大和側を説得して蝦夷たちの暮らしを守らせると約束し、本物の鈴鹿の首飾りを形見として阿弖流為へ渡す。阿弖流為はそれを受け取りながら、田村麻呂に、この戦を仕掛けた帝に会ってみたいと頼み、田村麻呂は承知する。こうして阿弖流為は阿毛斗に見送られ、田村麻呂と共に京へ向かった。

一方、戦場で帝人兵たちに襲われ絶体絶命だった蛮甲を救ったのは、妻の熊子であった。しかし、すぐに囲まれてしまい、今度こそ逃げ場を失う。すると熊子はいきなり蛮甲に襲いかかり、倒れている帝人兵たちの鎧を指し示す。熊子は蛮甲に、帝人兵になりすまして生き残るために、自分を殺して手柄にしろと言っているのだった。必死に拒む蛮甲だったが、熊子の命がけの願いに応えるため、遂に熊子を斬り殺す。蛮甲は格闘の証として自分の顔を斬りつけ、大和の鎧を纏い、蝦夷が使役する大熊を討ち取ったと吠える。

京の都、宮中。田村麻呂は帝と御霊御前に召集されていた。御霊御前に労いの言葉をかけられた田村麻呂は、先だって交渉していた蝦夷の保護の件が前向きに検討されているのだと思い、重ねて依頼する。すると御霊御前は何のことだととぼけ、さらに重罪人として捕らえたはずの稀継が自由の身になって現れる。驚いた田村麻呂が、証拠として保管していた黒縄宛の書状を突きつけようとすると、御霊御前がそれを術で燃やしてしまう。呆然とする田村麻呂に向かい、御霊御前は、帝に逆らった蝦夷たちを保護するわけにはいかないし、稀継は帝の治世に必要な人材であると説き、田村麻呂に黒縄殺しの罰として蟄居を命じる。田村麻呂は抵抗するが、これを拒めば罰がさらに重くなり部下たちも処罰されるだろうと半ば脅され、仕方なく従う。田村麻呂は縄をかけられながら、約束を守れなかったことを阿弖流為へ詫びる。

宮中某所。阿弖流為は痛めつけられた体で連れられてくる。阿弖流為は死刑執行の立会人として現れた稀継に田村麻呂に会わせろと要求するが、軽くあしらわれる。阿弖流為は抵抗するが、荒覇吐による戦神の力の加護がない状態では縄すら解けず、やがて執行人がやってくる。覚悟を決めて首を差し出す阿弖流為に話しかけた執行人が、自身の顔を覆う布を捲り上げると、蛮甲であった。蛮甲は蝦夷での決戦以来、熊殺しの異名を取り、都で死刑執行人の職に就いていたのだ。そして稀継の前で振り下ろされた刀は、なんと阿弖流為の首ではなく腕を縛る縄を切った。驚く阿弖流為に、蛮甲は、大和のやり方が気にいらないのだと言い、背中を預ける。帝人兵たちと交戦する阿弖流為と蛮甲だったが、蛮甲が阿弖流為を助けようとして重傷を負う。蛮甲は獅子奮迅の勢いで抵抗し、数多の槍に貫かれながら、最期には母礼族の蛮甲として名乗りながら果てる。劣勢となった稀継は慌てて術を使うが、阿弖流為は身に宿っていた戦神の力でこれを破り、稀継を斬り殺し、帝のもとへ向かう。

同じ頃、自宅で蟄居中の田村麻呂のもとに、飛連痛と翔連通が駆けつけ、阿弖流為の狼藉と稀継の死を報告する。帝の許しがなければ自宅から出ることもできない田村麻呂は、自分の代わりに女・子どもや怪我人を守るよう指示し、二人はそれに従い退室する。二人を見送ったあと、もうできることはないと腐る田村麻呂のもとに、鈴鹿の幻が現れる。鈴鹿は無言で掛軸の裏に隠してあった阿弖流為の剣を指差し、頭を下げて消えてしまう。田村麻呂はその真意を考えるが、やがて、意を決して阿弖流為と自分の剣を持ち、飛び出していく。

帝の間へ辿り着いた阿弖流為が御簾を取り去ると、そこに帝はおらず、豪華な装束だけが抜け殻のように鎮座していた。そこへ御霊御前がやってきて、お前のような者には見えはしない、と阿弖流為へ声をかける。まるで概念とでもいうような帝の存在に阿弖流為が言葉をなくしていると、田村麻呂が駆けつけてくる。御霊御前は蟄居を破った田村麻呂を咎めるが、田村麻呂は激しくそれを遮り、御霊御前を下がらせる。田村麻呂は阿弖流為に剣を渡し、俺は自分にできることをする、と自らのそれを抜き鞘を捨て去る。ぶつかり合う阿弖流為と田村麻呂。一人の人間として田村麻呂と対峙する阿弖流為は、敢えて戦神の力を使わず、田村麻呂もまた、いつか誓い合ったように死力を尽くして刀を振るう。そして田村麻呂の刀が一閃する直前、不意に阿弖流為が動きを止め、そのまま一撃を浴びる。田村麻呂は瞬時に悟り、怒りと共に阿弖流為を振り返るが、これは阿弖流為の狙い通りであった。阿弖流為は、自分が都に災いをもたらす鬼、悪路王として降臨したうえで田村麻呂に討たれることによって、蝦夷に関する一切を田村麻呂に仕切らせ、蝦夷の暮らしを守らせようとしたのだ。その決断に田村麻呂は言葉もなく、阿弖流為は悪路王を名乗りながら、田村麻呂に全てを託し、果てる。

戦いの行末を見守っていた御霊御前が田村麻呂へ声をかけるのを、田村麻呂はまたも遮る。田村麻呂は、悪路王阿弖流為は自分以外には御せぬ、蝦夷に関することは全て任せてもらうと宣言する。すると御簾内から帝の声なき声が響き、御霊御前は、帝も了承されたと伝える。こうして、阿弖流為と田村麻呂、蝦夷と大和の戦いは幕を閉じた。

 

転〜好きポイント〜

阿弖流為

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・イメージカラー青。海の色。厳しく、優しく、深く、冷たく、境のない色。命を奪い、命を守る色

・狼を思わせる金色のカラコン。でも二次創作では青に描いてしまいがち(当社比)

・回想シーンでは髪が黒い。荒覇吐に呪われてから髪に白が混ざるようになった?あのまま戦神として荒覇吐の加護を受け続けていたら、どんどん浸食されて銀髪になっていたのでは?エモさで死んでしまう

・随鏡屋敷でのセルフ大向こうが終わったあとも客席に向かってアピールしててかわいい。あと足を踏み鳴らしてキメようとするとき、靴がゴム底(たぶん)だし床は所作台じゃないしで音が鳴らないから、エイッエイッ!フンッ!って感じに見えてかわいい

・蛮甲を見逃すときの「行け」が、友達に言うみたいに少し拗ねて聞こえるのがかわいい。蛮甲はかつて阿弖流為と親友の契りを交わした仲って言ってたから、気の置けない悪友同士だったのかもしれない

・荒覇吐のことを選ばなかったくせに「俺は、俺だけは、いつもあなたのことを思っている」とか言ってしまう業の深さ。おまえのそういうところが神をも狂わせてしまうんだよ、ほんとそういうとこだぞ

阿弖流為だからこそ最後に荒覇吐を選ばない選べないところ。それでも生まれたときから信仰の対象だった荒覇吐のもとへ、魂だけは還ると誓う心

・自分の剣、帝人兵の直刀、槍、と幾つもの得物を使いこなす。かっこいいぞ!

・飛び六方のシーン。体幹がヤバすぎて全く危なげない。片肌脱ぎの腕に滲む汗めちゃくちゃ美しい。唸りながら前だけを見て進んでいくさまがかっこよすぎて涙が邪魔

・「そう簡単に逃げられると思うな」の横顔の美しさはルーブル美術館が放っておかない

・結局呪いのとおり鈴鹿とは会えないままのところ

 

田村麻呂

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・イメージカラー茶。大地の色。我々を生かす土の色

・一見無機質に見える茶と黒の衣装の裏地に、生命力溢れる若草色をチョイスした方はどなたですか?田村麻呂というキャラクターを視覚的に表しすぎでは?天才か?お歳暮何がいい?どこ住み?てかLINEやってる?

・「喜んでないで逃げろ!巻き込まれると、…怪我するぜ」で唇を舐めるのと「逃すかよ」で花道を爆走するのはオタクを殺しすぎると法律で禁じられているので直ちに出頭するように

・冒頭の対ニセ立烏帽子党での戦闘BGMが好きすぎるのでサントラを売ってください

・初名乗りの「都の虎と〜」で裾を捌くの大好き

・稀継に刺されたときの痛がり方。初撃は驚きのあまり痛さが遅れてやってきていて、それからは何とか立て直そうとフーッフーッって意識的に呼吸してるところ

鈴鹿の手への「都の、ただ柔らかいだけの女の手とは違う」発言。初心に見えて女の手を握ったことや握られたことがあるってことだよね。モテそうだもんね

鈴鹿の口から阿弖流為の名が出た時の「やはりそうか」の笑顔から、スンッ…と一瞬真顔になる失恋の瞬間がかわいい

・黒縄に向かって鈴鹿のことを「その人」って呼ぶところに、自分のものではないけれど尊い大切なものを呼ぶときの感じが出ていて、割とガチ恋ぽくてかわいい

・息も絶え絶えの鈴鹿の「田村麻呂さま…」に小さく「うん」って応えてて勘弁してくれ

・黒縄を斬り殺すときの、赤を塗り重ねすぎたみたいな昏くて激しい瞳

鈴鹿の首飾りを自分で持っていることもできるのに、阿弖流為に渡しちゃうところ

・戦に関してはめちゃめちゃ頭が切れるところ。基本的にあほな子に見えて色々考えてるところが好き。ただあと一歩足りない。結局荒覇吐の言うとおり、自分の理想ルートは当然阻まれ、それを覆すこともできず、しかも阿弖流為の自己犠牲によって戦が終わる。そういう、浅慮とまでは言わないけど、目の前とほんの少し先のことを考えるのに精一杯で、それでもそこで頑張るところがいい

・蛮甲の「足元をすくう〜」の動きに合わせてスッと足を引くところ

・野も山も同じように走れる蝦夷阿弖流為よりも田村麻呂のほうが低い構えなのは最高

・御霊御前に「いいですか田村麻呂」とお説教モードに入られた時のウワ〜〜〜〜〜みたいな顔が完全に弟でかわいい。いい加減になさい!と怒られたときは後ろ姿が一瞬ピシッと揺れるのもかわいい

・書状を燃やされたあと、動揺しながらも文箱を丁寧に床に置く育ちの良さ

阿弖流為を「ただの人です」と呼んで、鬼でも悪魔でもなく人間として扱うのが、痛々しいまでの柔らかさで、結局阿弖流為が鬼として死ななければならないことの悲しさが引き立つ

阿弖流為との最終戦で「死力は尽くすさ、人としてな」と言われた時の嬉しそうな顔!

 

荒覇吐

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・イメージカラー緑(青)。空の色、森の色、山の色、朝の色、夜の色、命の色

・冒頭、ニセ立烏帽子党員たちの動きを目だけ動かして追うところ。田村麻呂との立ち回りの直前、割り込みのタイミングを見計らっている目

・舞の衣装の中から、戦装束の青が見え隠れするところ

・水干姿。そのあと花道を走るとき、全く足音がしないところ

・悩む阿弖流為に「どうしました、おひとりでこんなところに」と声をかけるところ、阿弖流為のこと抱いた感がすごい

・和睦の提案をする田村麻呂が先に置いた剣を、ものすごい形相で見つめるところ

阿弖流為への感情を爆発させた、狂おしい叫び

・田村麻呂の和睦の提案を拒絶するときの、悲しいまでの正しさ。どんな甘言を吐こうと上層部は蝦夷征伐を諦めないし、田村麻呂はそれに抗えない

阿弖流為を斬ってしまったときの「あっ…」って小さく声を漏らして手を伸ばしてしまうところ

阿弖流為に一撃食らったときのハッとした顔

阿弖流為だから選んだのに、阿弖流為だから選んでもらえなかったこと

・最後の最後まで直接阿弖流為の肌に触れることはなかったところ

 

その他(観劇時の思い出含む)

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・飛連痛と翔連通がアイコンタクトして頷き合ってから補給部隊を休憩させるところ。二人の阿吽の呼吸が滲んでいてとてもよい。きっとお互い切磋琢磨しながら田村麻呂のナンバーワン部下になったんだろうな。同期っていいな

・田村麻呂が征夷大将軍を打診されたことを話しているとき、呆れながら頭の後ろを掻く翔連通。田村麻呂も御霊御前に説教されてるときに同じことをしていた?だとすると翔連通はその癖を真似たか移ったか。ほんとに尊敬しているんだなあ

・稀継初登場シーンで、後見(こうけん)さんが椅子を準備してから彌十郎さんの背中をポンって軽く叩いて合図したのが見えたところ。後見さん大好き

・田村麻呂の目を覆う包帯がバツンと斬られるとき、後ろで鈴鹿が仕掛けを操っているところ

・食糧補給部隊を襲うとき、阿弖流為が「おはようございますぅ〜」と声をかけて、いてうさんが律儀に眠そうに返事をして起き上がるところ。声の掛け方は日替わりだった気もする

・食糧補給部隊の山左衛門さんが荷車をちゃんと押せていないところ。完全に手が離れてて、逆に追うかたちになっていて早歩きしててかわいい。幕間で劇場ロビーに荷車が準備されていたのを思い出す

・シャケリレーのところ。幕が開いて割と早い日程で撮影したらしくて、まだあっさりしているけど、蛮甲がシャケを取るジェスチャーをしたあとの流れは日替わりネタで、通称シャケリレーとして観劇客が毎日ツイッターでタグをつけて内容を報告していて、ひたすら盛り上がったのを覚えている。附打(つけうち)の山崎さんがホイッスルを担当してラグビーの五郎丸選手ネタをやったり、立烏帽子が空中で斬りまくって刺身にしたりしていて楽しかった

・胆沢城で阿弖流為を刺したアンサンブルさんが、たぶんそのあとで族長に推された阿弖流為阿弖流為コールが起こったとき目をキラキラさせていた若者と同一人物なこと

・田村麻呂に手を美しいと褒められた鈴鹿が、自分の手をまじまじと見ながらキョトンと首を小さく傾げるところ。通称女の子座りができているところ。涙の拭い方

・田村麻呂の回復ぶりへの「よかった」と、阿弖流為が生きていることを知ったときの「よかった」が全然違うところ

・田村麻呂をひとりで自宅まで連れ帰り、帝人兵の拘束を振り解く、鈴鹿の腕力

・蛮甲が熊子に話しかけるとき、話す速度が気持ちゆっくりになるところ

・劣勢と見れば即座に退却の判断をする、かなりできる男黒縄

・蛮甲の見得

・食糧難でも明るく振る舞う蝦夷の兵たちに、阿弖流為が頭を下げてしまうとき、大嶽だけがそれに応えてくれるところ。将たるもの部下の前で弱さを見せてはいけないと個人的に思っているので、阿弖流為が頭を下げたとき、阿弖流為も結構きてるな…と思ったし、大嶽だけが気づいてくれたとき、元族長としての器を感じた。あまり活躍の場面がない大嶽だけど、この一瞬で族長を務めた男だとわかる。最高

・いつかの胆沢城奪還直後、嬉しさのあまりぴょんぴょん跳んではしゃぐ大嶽の回。周りの蝦夷の兵たちは「お…大嶽さま笑」「大嶽さま笑」ってザワザワしてて面白かった

・客席の拍手や声を意図的にカットしてくれたところ。阿弖流為が立烏帽子に続いて宝玉を取り出すところと、御霊御前の「帝も頷いておられる」のところで謎の笑いがいつも起きててめちゃくちゃモヤモヤしてたので嬉しかった。特に後者。でも稀継の「あとは戦の総仕上げじゃ!」に「大和屋!!」ってかかるところがアツい

・白き獣に襲われたときの鈴鹿の海老反りと、それに伴う髪の柔らかな動き

・まるでロミオとジュリエットみたいな阿弖流為と田村麻呂

・蛮甲が熊子を紹介するときや、熊子の手の蜂蜜を舐めるとき、後ろで頭を抱えてたり嫌そうな顔をしたりしていた、丁寧な芝居をする阿毛斗

・胆沢城で阿弖流為を復活させたときの、立烏帽子の口角の上がり方と振り返り方

阿弖流為に悪事を追及されて名指しされたときのいてうさんの内股具合

・御霊御前が荒覇吐に言う「ほう、面白いモノが居ますね」のセリフ。遠隔とはいえ対面した第一声でこれ。一瞬で正体を見抜いたのだと思う。衰弱しているとはいえ神をモノ扱いする御霊御前。最高

・田村麻呂にとうとう喉元に刀を突きつけられた稀継が、刀がちょっと遠かったのが気になったのか、自ら手を添えて喉に近づけていたところ

・随鏡屋敷で田村麻呂が「無碍、無碍、無碍むげ〜!!」って迫るとき、足を踏み鳴らすのに合わせて随鏡たちがジャンプしてあげていた回

・胆沢城潜入時に牢の鍵を壊すところも日替わりだった。蛮甲が「あ…開かない!」って焦ったり、阿弖流為が「押してだめなら引くんだよ!」って引いてみたりしてて面白かった

・黒縄と田村麻呂が対立するシーンで、胸ぐらを掴まれた黒縄が手をピーンと伸ばしてギャグシーンみたいにしていた回があったけど、シリアスなままの収録バージョンもよい

 

結〜如何に私が阿弖流為を愛しているか、あるいは何を思っているか〜

と、まあ、この作品は、この通り性癖の全部乗せみたいな感じなのだが、私が何よりも素敵だと思うのは、「これはもうどうしようもないな」という感想に至る点だ。必然性と言ってもいい。阿弖流為、田村麻呂、荒覇吐は、それぞれ、そうすべきだと思ったことをそのときにした。どうしようもないな、というのは、if を持ち出す気にもなれないほどの必然性を感じるからである。キャラクターの選択のそれがきっちりと感じられる作品は最高。

特に阿弖流為と荒覇吐、阿弖流為と田村麻呂の最終決戦は眼目だと思う。前者は荒覇吐の阿弖流為へのクソデカ感情が大爆発しており、後者は後者でどこか子どもの喧嘩みたいなところがある。殺し合いなのにね。

私は荒覇吐のことをマジでヤバいと思っていて、それは鈴鹿阿弖流為をお互い生死不明のまま生き長らえさせ、記憶を封じた阿弖流為はともかく、鈴鹿は全て覚えているままというある意味死ぬよりつらい生き地獄を用意した点で明らかだ。自分よりも女を選んだ実績を持つ阿弖流為を戦神に選出するのはどう考えてもハイリスクだが、それでも運命まで演出して接触し、なぜ私のために戦ってくれないのだと声を枯らして叫びまくる、これが人間でなくて何だというのだろうか。それでも神性を失わない存在感もとんでもないのだが。執着が土地神?としての衰弱を招いたとは思わないが(衰弱の原因が、単に荒れた土地にあるのか、あるいは死と隣り合わせの日々に追われる蝦夷の民たちから徐々に信仰心が失われていったことにあるのか、はたまた両方か)、なんというか、まるで恋みたいだなと思うのであった。荒覇吐と阿弖流為の立ち回りはさながら魂の情事のようであり、私はそういうのにめちゃめちゃ弱い*4

一方田村麻呂と阿弖流為のそれは、なんか小学生の喧嘩のように見える瞬間がある。ウ〜ッ!!と唸りながら取っ組み合って、最後はまあこいついいやつだってわかってるけどさ…と両成敗みたいになるのだ。別にお互い嫌いあってて戦うわけじゃないんだから、そうだったらよかったのにね。ただどう考えてもそうはならないよねっていう物語の必然性で、このifを自ら否定できてしまうところがまた最高に胸が熱くなる。

そして言わずもがなだが、全員歌舞伎役者が演じているというのもいい。自らを器として、そこに先人たちが脈々と受け継いできた身体の芸術を注ぎ込み、自らの血肉とすることを生業としている彼らが、その経験をもってして、全く新しい人生を生きているのだ。型の中で自分の感情や身体を練り上げる訓練を積んだ人たちから立ちのぼる、圧倒的な歴史の匂いに、ただただ感謝するしかない*5。足の親指の向きひとつまでも自分の思い通りにできる、細胞レベルにまで行き届いたその細やかさによって、どこで一時停止しようが、その画は最早芸術品なので、よければ円盤を買って確かめてほしい。

 

最後になるが、もし歌舞伎を観たことのない方がこの記事を読まれているのなら、安心してほしい。セリフは現代語です。早く言えよ。

 

 

 

さて、1万6千字である。今一度問うことにする。

 

 

 

 

 

あなたは阿弖流為を知っているか?

 

 

 

 

 

 

おまけ〜観劇当時の狂人の記録〜

【自分用】阿弖流為感想 https://togetter.com/li/993892

 

 

*1:東劇のみ20日まで上映延長

*2:2020年4月1日から値上げが発表された。https://www.shochiku.co.jp/cinemakabuki/sp/news/2020/02/ryokin12020.html

*3:厳密に言うと、このふたりはシネマ歌舞伎阿弖流為での出会いが初めてではない。実は阿弖流為は「アテルイ」という劇団☆新感線の2002年のお芝居を歌舞伎NEXTとしてリニューアルしたものであり、「アテルイ」のほうも松本幸四郎さんがゲスト出演し主演を務めている。幸四郎さんは新感線のファンで、このほかにも「朧の森に棲む鬼」や「阿修羅城の瞳2003」などで出演しているので、機会があれば観てほしい。円盤も出てるよ

*4:魂の恋に弱い人は「阿修羅城の瞳2003」を観て、幸四郎さんと天海祐希さまによる世界を巻き込む一世一代の大恋愛を目撃しよう

*5:特に稀継役の坂東彌十郎さん、御霊御前役の市村萬次郎さん、黒縄役の市村橘太郎さんが素晴らしい。ベテラン勢最高

昨年の話と今年の話

2019年も色々なことが起こったなあ、と、おふとんの中で考えている。

 

1月

1月1日になる瞬間、私はこの地球上にいなかった。

正確に言うと、私はこの宇宙が生んだ奇跡・福山雅治のカウントダウンコンサートに参加するためにパシフィコ横浜展示ホールにおり、他ならぬ福山雅治の指示でその瞬間にジャンプしていたので、地球にはいたが、地上にはいなかった。急に提案された時は正直なんじゃそりゃと思ったが、アンドロメダ星雲よりも遠いところにいるのに時々近所の小学生みたいになるこの人のそういうところを愛しているので、なんだか楽しくなってにこにこしながら飛び上がったのだった。

年末に私にセクハラをかましてきた直属の上司を社内の担当部署に年始すぐさま通報し、譴責処分に処してもらった。人事記録にバツをつけてやった。さまあみろ。ちなみに労いの会と称した2人きりの食事会での出来事だった。肉体的ダメージはないです。ただ泣き寝入りする気も笑って流すつもりも全くなかったので、解散してすぐにLINEでどういう言動をどう感じてどう嫌だったかを長文スクショで送ったことを人事室長に話したらめちゃめちゃ驚いていた。私って意外に冷静に戦えるんだよな。私、サイコー。私にこういうふうに自分を大事にすることとかセクハラについての考え方を教えてくれたツイッターもサイコー。みんながいたから戦えました。持つべきものは多様な考えと倫理観と人権と友達。

 

2月

渡辺謙とケリーオハラに狂い始めた。詳細は7月へ。

宇宙の神秘である福山雅治の50ちゃい記念ライブに行った。こんな大事な日に私たちにおめでとうを直接言わせてくれるなんて、とてもありがたいことだと思った。席はなんと花道の割と近くで、数メートル真横で立ち止まって歌ってくれたりした。アコースティックギターにライトが当たってきらきらしていた。その反射した光が私に当たって、あたたかかった。福山雅治もギターもきらきらだった。夢のような素敵なライブだった。もう何も覚えていない。お誕生日おめでとう。あなたをつくった今までのすべてのことにありがとうと言いたい。

毎年思うことだけど、そもそもこの宇宙が誕生しなければ私も福山雅治も存在しなかったわけなので、宇宙がいちばんすごい。この宇宙では今のところ質量保存の法則が有効なので、つまりこの宇宙に存在するすべてのダークマターや星や銀河やガスが、爪の先よりも小さいものの中にぎゅうぎゅうに入っていたわけだ。均一だったそこに僅かにゆらぎが生じて、それがビッグバンの引き金となって宇宙はうまれた。ありがとう量子的ゆらぎ。

 

3月

めちゃくちゃ忙しかった。職場において新入職員たちへ制服を用意する仕事の一端を担っていたので、入職日に間に合うようにみんなでめちゃくちゃ頑張った。あと、下北沢界隈のとある劇団さんの当日制作を1回やった。観せてもらえた本編、面白かった。それとうちの劇団のお手伝いもやった。はじめてKAATのスタッフ証を首から提げて、無敵の気分だった。大きい公演は大変だなあと思った。巨大商業演劇の裏方さんたちの口座に毎月6億円くらい振り込まれてほしい。

 

4月

サイコーの時計と服とコスメを買った。時計と服はネットで見かけて一目惚れしたやつ。時計はベーリングの限定モデルで、3件回って買った。服は私が持ってる服の中でいちばん高い服になった。アルファインダストリーズのNASA記念モデル。ほとんど買う気ではいたけど肝心な時にビビってしまう悪癖があるので、友達についてきてもらってエイヤッと買った。結果、すごくよかった。今は毎日着てる。友達、ありがとう。

コスメはいつメンと定期的に開催しているコスメ狩りツアーで買った。シュウのリキッドファンデはめちゃいい。何しろアジア人向けに色展開がとても多くて、おまえの色は俺が必ず見つけてやるぜの気概がすごい。ありがたすぎてTUしてもらってすぐ買った。セミマットで顔面が輝く。アディクションの単色アイシャドウも種類が多すぎて死ぬかと思ったので、いつメンのコスメティックティーチャーと同じやつにした。毎朝ギリギリまでおふとんの中にいたい限界社会人なので、適当に塗っとけばなんとかなる単色アイシャドウはとてもありがたいのだ。ありがとうアディクション。あとディオールのマットリップはとにかく革命。最初は普通にシアーな感じのやつを探してたけど、BAさんがマットを提案してくれて、つけてみたらバリクソおしゃれな顔面になってサイコーになった。ので買った。実は落ち方とか塗り直しやすさがあんまり好きじゃないことが後でわかって、今はもう処分してしまったんだけど、考えたこともなかった提案をしてくれて、素敵な買いものをさせてくれたことに今でも圧倒的な感謝を捧げている。これだから対面の買いものはサイコーなんだよ。

時計

ファンデーション

アイシャドウ

リップ

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歌舞伎座にも行った。実盛物語、黒塚、そして二人夕霧。サイコーだった。実盛物語は、いつか自分を殺しに来る子どもを優しく面倒見たり馬に乗せてあげたりするシーンがあって毎回心が死ぬ。黒塚は初めて観たけど猿之助さんの身体能力がエグくてもうどうしたらいいのかわからなかった(推しましょう)。二人夕霧はただただ美しかった。やはり舞踊で打ち出されると気分がいい。

 

5月

特になにもなかった。生きてるだけでえらい。

 

6月

うちの劇団の本公演があった。たくさんのお客さんに笑ってもらえて嬉しかったです。

 

7月

歌舞伎鑑賞教室に行った。棒しばりは何度か観たことがあるけど、車引は初めて観た。歌舞伎!!みたいな感じで目が楽しかった。新悟くんの解説もたいへんよかった。インスタの更新を頑張ってほしい。松緑さんの棒しばり、とても楽しかった。踊りのうまいひとは踊りがうまいなあ。

それと、生まれて初めてミュージカルを生で観た。渡辺謙とケリーオハラに狂った。詳しくは下記記事を参照のこと。一生の思い出の夏になった。関係各位ありがとうございました。

王様と私と私の話 - 頭の中のさまざまのこと

 

8月

健康診断を受けた。採血で泣かなかったのでえらい。

ご縁があって紀伊國屋サザンシアターで『人形の家Part2』を観た。サザンシアターは初めて行ったけど、会場までの通路がめちゃくちゃ暑かったこと以外はなかなかよかった。天井が高い劇場っていいよね。たいていはそうだけど。永作博美がサイコーだった。

グループ展もやった。今年で3年目になる。来年もやることが決定している。同じテーマでつくってるのに、みんな全然違う作品になるのは本当に面白い。何かをつくったり見たりするのは、自分の感性が死んでいないかを確かめるいちばん手っ取り早い方法だと思う。今年、まだ私の心は死ななかった。来年も生きよう。ちなみに、これを書いている時点では作品制作には全く手をつけていない。えへへ。

有給を使って墓参りにも行った。コメダ珈琲で朝ごはんを食べるのが帰省の楽しみだ。父と数ヶ月ぶりに会った。たぶんまだ無職だ。これを書いている今も。なんかもう興味がなくなってきた。帰省ついでにお伊勢さまに初めてお参りに行った。父の提案で急に決まって、ダメ元で三重県で暮らしている親戚の兄ちゃんに観光案内を頼む電話をしたら快諾してくれた。そしてジョンクーパーワークスとかいうエグい車に乗ってやってきた。兄ちゃんは車が好きなのだ。連れられてはじめて行ったお伊勢さまはたいそう立派だった。妹に手水鉢の使い方を教えたり、ちゃんと心の中で名前と住所を名乗ってからお祈りしたりした。兄ちゃん一家から妹の分まで真珠のネックレスをプレゼントされたりしてぶっ倒れたりもした。さすが水産系地元企業、見せつけられたぜ、格の違いってやつを。兄ちゃんが関東に遊びにきたら横浜中華街を案内する約束をした。タピオカ飲もうね。

すっかり好きになったケリーが出演しているメットオペラ『コジファントゥッテ』を東劇に観に行った。オペラは初めて観た。声量がエグい。歌がうまいひとが世の中にはこんなにいるんだね…。ケリーのデスピーナはとても可愛かった。給仕するホットチョコレートをつまんじゃうところとか。というか、ミュージカルスターはイタリア語でオペラも歌えるの?ブロードウェイ怖い。

 

9月

ソウルメイトと一緒に、増税前ラストコスメハンティング〜ひと狩り行こうぜ〜を敢行した。

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ディオールのバックステージシリーズのアイシャドウパレット、コスパが良すぎて心配になる。下段のマットなパウダーをぼかすの楽しすぎる。ジバンシイは仕事用リップ。塗り心地がセクシーすぎる。しかもめちゃめちゃいい匂いがする。これで私もジバンシイの女。サイコー。

ディオール

ジバンシイ

とある劇団さんのお手伝いもやった。バンドの話で、私も久しぶりにスタジオで遊びたくなった(まだ行っていない。来年かな…)。

ソウルメイトとミュージカル『怪人と探偵』を観た。SHIROHでしか知らなかった中川晃教くんの生歌を聞いてやっぱり歌がうまいなあと思うなどした。加藤和樹氏の脚が長すぎて86頭身はあったし歌がうまかった。KAAT、きれいでいいよね。椅子が赤いのもいい。ミラーボールがゴキゲンだった。

フォロワーさんたちについてきてもらって劇団四季観劇デビューをした。夢で見て以来、はじめての四季は『キャッツ』と決めていた。何もかもがサイコーだった。CDをその場で買った。スキンブル推しになった。大井町にあるうちにまた観に行こう。

 

10月

ミュージカル『ラマンチャの男』を観た。本当に全く知らずにチケットを取ったんだけど、台風でズレてさえいなければ記念回だったらしい。ポストカードもらえて嬉しかった。幸四郎さんと会場内ですれ違って5億度見した。客席では米吉くんが立ったままあちこちへ挨拶していた。帝国劇場怖い。本編はめちゃめちゃよかった。1曲目でもうメロメロになった。白鸚さん大好き。シンプルに演技がうますぎる。次があるならまた絶対チケットチャレンジする。永遠に上演し続けてほしい。

28歳になった。子どもの時に思っていた28歳は、事あるごとにサイコーなんて叫ばないし、もっと素敵にスーツを着こなすし、何もかもうまくいっている感じがしたけど、実際はまだまだマインドが6歳だから、もうすぐ入職3年目だからとか言われても困ってしまうし、おいしいごはんや素敵なものに出会えばサイコーと叫んでしまうし、形のない覚えてすらいられない儚いものにばかりお金を使っている。人生ってすごい。

私は比較的年齢の呪いを受けずにきているから、20代の称号を失ったら何もかも終わりだとかはあんまり思ってないけど、これからもあんまり思わずに生きていきたい。お誕生日ディナーの時に母親にも言ったけど、こんな歳になるまで大きな病気も怪我もせず生きてこられたことは奇跡なのだ。そもそも無事に生まれてこられただけで奇跡だし。もう全員生きてるだけで優勝。このファッキンワールドで暮らしているだけでえらい。みんなえらいよ。

 

11月

来月に迫った友達の結婚式二次会のために、南町田グランベリーパークにパーティードレスを買いに行った。天気が悪くて寒かったけど、人が多くて、みんな大変だな…と思った。ソウルメイトがついてきてくれて、ドレスを選んでくれた。持つべきものは友達すぎる。ありがとう。

 

12月

国立劇場に盛綱陣屋とチャップリン歌舞伎を観に行った。10月にラマンチャの男を観て以来、白鸚さんにメロメロなので、盛綱陣屋は是非観たかった。結論から言うと泣いた。首実検でトリックに気づいた時の息遣いと表情がとんでもなかった。女方さんたちもとても素敵で、幸四郎さんと猿弥さんのご注進もよかった。猿弥さんは踊りがうまいなあ。チャップリンも街の灯を知らずに観たけどとてもよかった。幸四郎さんの、ほんとうに人のよさそうな感じがすごく似合ってて、酔ってダル絡みする猿弥さんも面白かった。新悟くんが素敵だった。私も新悟くんからお花を買いたい。最後はきっと気づいたと思う。素敵な人情噺だったから、今後も再演を重ねてほしいなあ。

友達の結婚式二次会パーティーにお呼ばれした。高校からのいつメンの女の子で、白いドレスがとてもよく似合っていた。入場の時点でちょっとグッときてたけど、隣に座っていた友達が既に涙腺崩壊していたので思わず笑ってしまった。

私には誰かを恋愛的に好きになる気持ちはわからないけど、自分以外の誰かと人生を分け合うというのはものすごいことだと思う。尊敬する。きみの選択に幸多からんことを。

ちなみに友達に選んでもらって買ったパーティードレスはめちゃめちゃ好評だった。ありがとうソウルメイト。

宇宙を照らす光、福山雅治の冬の大感謝祭ファンクラブ会員限定初日公演に参加した。油断してたら遅刻寸前になってしまい、みなとみらいを走り抜けた。福山雅治のライブは転売防止のため当日まで席がわからない方式なんだけど、まさかのアリーナ席後方花道寄りの席で失神した。来年後半からのツアーの発表もあったものの、既にデビュー30周年記念ライブは全滅しているので、まずはチケットをご用意してもらわねばならない。徳を積みます。

殴り書きうろ覚え感想はこちら。巨大スクリーンに映された推しはきらきらの笑顔でした。もうそれだけでいいです。

https://twitter.com/sanbou_1028/status/1208371912612532224?s=21

ソウルメイトの強運で急遽カウントダウンジャパン2日目に参加した。お譲りくださった方、そしてクロークをシェアしてくださった方々、ありがとうございました。10年ぶりに9mmを聴いたり、はじめてZAZEN BOYSを聴いて混乱したり、はじめてスカパラを聴いて踊り狂ったり、色々できて楽しかった。室内フェス最高。来年も行きたい。

 

まとめ

来年は仕事のこととか色々ある予定だけど、まあ適当にやります。

来年の目標
・絵を描く
・ギターを弾く
・月1で自分にごほうび
・ナイルレストランのムルギランチを食べる
・エッグスシングスのパンケーキを食べる

今年は本当に絵を描けなかった。残業のしすぎでガチめに怒られるくらい仕事ができず自分の時間を確保できないマンなので、来年はもうちょっと仕事に対する諦めというものを学ぼうと思います。9人分みんなの推しを描くやつも忘れてないです。忘れてないってば…。

ギターはライブやフェスに行った直後はめちゃくちゃやる気になるけど熱が続かなくて、たまにおうちで遊んで終わりになってしまう。ので、来年はとりあえずスタジオで遊ぶところから。今時YouTube先輩がいれば在宅かスタジオ個人練習でなんとかなるでしょと思ってきたけど、強制的に練習時間を確保するために教室ってものがあるのかなあと思った。ダラダラしてしまう私のような人間は通ったほうがよいのかとも思いつつ、出費に躊躇ってしまうので保留。

今年は突然ミュージカル鑑賞に目覚めて3本も観てしまい、たいへん楽しかった。歌舞伎も何度か観たし、やっぱり月1くらいのペースで観劇の予定があると心がましになるので、目安として積極的に自分を甘やかしていきたい。

ナイルレストランとエッグスシングスは同行者募集中です。ムルギランチは1度だけ経験があるんだけど私にはちょっと辛(から)くて、でももう1回食べてみたい気がしてきたのでリベンジしてみたい。エッグスシングスは単に興味があります。

あと今年はディオールとジバンシイとアディクションの女になれたので、来年はシャネルかグッチかトムフォードランコムローラメルシエボビイブラウンかスックの女になりたい。

 

2020年も人にやさしく自分にやさしくを目標に生き抜きます。推したちと推したちの大切な人たちにもやさしいことが起こりますように。

王様と私と私の話

2019年8月4日、渋谷の東急シアターオーブで、あるミュージカルが千穐楽を迎えた。『王様と私』(原題:The King and I)だ。私は生まれてはじめてのミュージカルをこの作品に捧げた。とにかく激ヤバ体験だった。

 

王様と私  とは

1951年にブロードウェイで初演されて以来、再演を繰り返している人気演目で、作曲家と劇作家のイケイケ鉄板大ヒットメーカーコンビ『ロジャース&ハマースタイン』の5作目のミュージカルにあたる。

ものすごくざっくり言うと、タイの王様に子どもたちの家庭教師として雇われたイギリス人のアンナが、王様や文化とぶつかり合いながら、互いに親交を深めていく物語だ。

以下にめちゃくちゃ詳しくストーリーを書くので未見の人もこれ読んで私と一緒に観た気になってください。ネタバレ無理派は飛ばしてね。

 

ストーリー(超ネタバレ・ちょっとうろ覚え・劇中歌は斜体)

1862年、イギリス人のアンナは息子のルイを伴ってシャム(現在のタイ)にやってくる。王様の子どもたちの家庭教師として雇われたのだ。見知らぬ土地へ期待と不安を膨らませるルイに、アンナは怖さを吹き飛ばす方法を教える(I Whistle a Happy Tune)

出迎えたクララホム首相はアンナたちに王宮に住むように言うが、王様は契約時に王宮とは別の家を約束した、とアンナは拒否し、約束をお忘れであれば直接話すと言い放つ。アンナはひとまず王様への謁見を待つこととなった。

数週間後、王様の元にビルマ(現在のミャンマー)から貢ぎ物としてタプティムという女性が贈られる。見目麗しく英語を話す知的なタプティムを王様は気に入り、随伴のルンタに建築の勉強を許す。実はタプティムとルンタは恋人同士だが、タプティムは王様の所有物になったため、もう会うことはできない。タプティムは、たとえ王様でも自分が心に決めた恋人だけは知り得ないと歌う(My Lord and Master)

そこへやっとアンナがクララホムに連れられて謁見にやってくる。家を要求するアンナを、王様はそんな約束はしていないと突っぱねる。王様はアンナを質問責めにしてやり込めようとするが、アンナは真顔でジョークを飛ばし、シャムの近代化計画について事前に調べておいたことを話してみせる。王様は、自分を恐れず、また科学的であるアンナを気に入り、妻たちにも教育を施すように言い、紹介する。シャムは一夫多妻制なのだ。チャン第一夫人はタプティムに恋人がいることを察しているが、二人はもう会えないだろうと話す。アンナは、それでも好きなのならどうしようもない、と返し、亡くなった夫トムとの恋の思い出に重ねて、若い恋人たちを励ます(Hello, Young Lovers)

王様は、気に入りの者たちにだけ教えればよいと言い、チュラロンコン皇太子を含む十数人の子どもたちを次々に紹介し(The March of Siamese Children)、彼らの愛くるしさにアンナはたちまち夢中になる。

約1年後。アンナは家を諦めてはおらず、授業で家に関する諺を教えていた。そのことを知った王様は面倒ごとが増えたことを嘆き、アジアの諸外国が次々と欧米の支配下に置かれていく今、どうすれば国を守れるのか、人知れず苦悩する(A Puzzlement)

その頃、アンナの授業では、子どもたちと妻たち、そしてタプティムが揃って英語を習っていた(The Royal Bangkok Academy)。彼らとすっかり打ち解けたアンナは、みんなのことを知れば知るほど好きになるのだと話す(Getting to Know You)。アンナは最新の世界地図でシャムを見せたり、雪の存在を話して聞かせるが、雪を見たことのない子どもたちは信じず、シャムがこんなに小さい国なわけがないと騒ぎ出す。そこへ王様がやってきて、見たものしか信じないならば教師は要らないと子どもたちを一喝するが、家にこだわり続けるアンナのことも非難する。家の契約を守らないのなら辞職すると言うアンナに、子どもたちは驚き、引き止めようとするが、王様はアンナに自分のしもべとして従い、王宮に住むべきだと譲らない。アンナと王様は一気に険悪な雰囲気になり、息子のルイとチュラロンコン皇太子も互いに喧嘩腰になってしまう。アンナとルイは部屋を出ていってしまい、残された王様は途方に暮れる。

チュラロンコン皇太子はルイを追いかけ、喧嘩になりかけたことを詫び、ルイも謝罪を受け入れる。二人は、大人たちですら物事の正解はわからないように見えることを嘆く(A Puzzlement (Reprise))

一方、タプティムのことを諦められないルンタは、人目を盗んで彼女を訪ねる。二人は会うこともはばかられる現状を憂い、いつの日か太陽の下で自由になれることを願う(We Kiss in a Shadow)

夜、アンナは自室で帰国の荷造りをしながら、王様の態度に悪態をつき、別れてしまう子どもたちとの思い出を振り返る(Shall I Tell You What I Think Of You?)。そこへチャン第一夫人が訪ねてきて、王様に会ってほしいと頼む。夫人は、王様は本心ではアンナとの仲直りを望んでいるのだと話し、極秘に入手したイギリス宛の書簡にシャムと王様は野蛮人であると書かれており、その対応に苦慮している様子なのでさりげなくアドバイスをしてほしいと言う。アンナは驚き、王様には確かに悪いところもあるが野蛮人ではないと答えるが、だからといって会う気にはなれない。夫人は、王様にはアンナの愛が必要なのだと必死に説得する(Something Wonderful)。夫人の王様への深い愛に胸をうたれたアンナは、頼みを聞き入れ、王様に会いに行く。

自室で本を読み耽る王様は、アンナとの仲直りのきっかけを掴めずにいたが、アンナが訪ねてくると、アンナから謝罪の言葉を無理やり引き出し、すぐに許す。アンナがそれとなく話題を振ると、王様はイギリスの特命大使がシャムが野蛮で未開の国であると報告しようとしていることを明かす。アンナは王様の考えを当てるふりをして、評価のため訪ねてくる予定のエドワード特命大使らを西洋式晩餐会でもてなし、シャムも王様も野蛮ではないと証明することを提案する。更に、タプティムがアンナからもらった小説『アンクル・トムの小屋』を基に戯曲を書いていたため、晩餐会でその芝居を披露することになる。次々に詳細を決めていく中、なんとエドワードたちが予定より早くシャムに到着してしまい、船の礼砲が響き渡る。夜を徹しての晩餐会準備に取り掛かる前に、王様は妻たちと子どもたちを叩き起こし、全員で仏陀へ祈りを捧げ、遂にアンナへ約束の家を用意することを誓う。

その日の夜。王様の妻たちは、チャン第一夫人の現場指揮の下、急ごしらえの西洋式ドレスや靴と格闘していた。夫人は、アンナは科学的で常に正しいけれど、野蛮人でないと証明するために西洋式ドレスが必要だとは理解できないと面白おかしく歌う(Western People Funny)。そこへアンナと王様が合流するが、ドレス用の下着を用意するのを忘れていたことが発覚したところへ、エドワード特命大使が部屋に迷い込んできてしまう。妻たちは驚き、下着をつけていないことも忘れ、ドレスを翻して一斉に逃げ出してしまい、王様も来賓挨拶のため追って退室する。二人きりになったエドワードとアンナ。エドワードは、実は旧知の仲であり、かつて結婚を申し込んだこともあるアンナをダンスに誘い、イギリスに戻ってこないかと説得する。戻ってきた王様は踊る二人を見つけると、ダンスは夕食の後だと間に割って入り、アンナに自分の腕を取らせる。

タプティムが離れでルンタを待っていると、チャン第一夫人がやってくる。夫人は、ルンタとの仲を知っていることを仄めかし、ルンタに今夜のビルマ行きの船に乗るよう指示したことを告げると、劇場へ早く向かうように言い、その場を去る。動揺するタプティムの元にルンタが駆けつけ、芝居が終わったら一緒に船に乗って自由になろうとタプティムを誘い、タプティムもそれを受け入れる(I Have Dreamed)。本番直前になっても会場に現れないタプティムを探しに来たアンナは、二人が一緒にいるところを見つける。タプティムとルンタは、これまで二人が忍んで会えるよう手助けをしてくれたアンナに感謝を示し、今夜発つことを告げ、走り去る。アンナは二人の旅路の無事を祈る。

エドワード、アンナ、チャン第一夫人、そして王様の前で、タプティムの語りによる舞台『アンクル・トーマスの小屋』の上演が始まる(The Small House Of Uncle Thomas)。主人公イライザはサイモン王の奴隷であったが、離ればなれになってしまった恋人ジョージを探すため、子どもと共に逃亡するというストーリーであった。劇の終盤、イライザを追って現れたサイモン王が、イライザのために仏陀が遣わした天使の奇跡によって、川で溺れ死んでしまう。タプティムはイライザに自分を重ね、語りの中でついサイモン王が死んで嬉しいとこぼしてしまい、王様の怒りに触れ、劇は中断しかけるが、夫人のとりなしで何とか再開され、エドワードらは満足して王宮を後にする。

晩餐会がおひらきになった後、アンナが王様を訪ねていくと、王様は、エドワードたちがシャムについて野蛮で未開な国だとの報告を改めるつもりであるという情報を入手したと話し、上機嫌であった。そして、今回の件で大きな協力をしたアンナに、身につけていた豪奢な指輪を褒美だと言って渡す。

一方で、劇の中で奴隷制について暗に批判をした挙句、行方をくらましているタプティムについては、苛立ちを隠さない。アンナは知らないふりを貫きつつ、大勢いる妻たちの一人に過ぎないタプティムに何故こだわるのかと問う。王様はアンナがシャムの女性観にやっと理解を示し始めたと喜び、シャムの男女観について話して聞かせる(Song of The King)。アンナは、西洋のように男女が互いに生涯一人だけを愛すると誓うことは美しい考えであると説明し、かつて社交界で男性にダンスに誘われた時のときめきを語る(Shall We Dance?)。結婚前の女性が夫以外と踊るのかと驚く王様に、友達同士でも踊ることがあるのだとアンナは説明する。それを聞いた王様は、ならば我々も踊ろうとアンナを誘い、アンナはポルカのステップを教える。手を取り合い子どものようにしばらく踊っていたが、王様は突然アンナの手を離してダンスを中断し、晩餐会で客人らがそうしていたように、正式な組み方をしようとする。王様はアンナの腰を引き寄せ、二人は華麗なステップで所狭しとポルカを踊る。二人は言葉にせずとも通じ合うものを感じる。

もう一度踊ろうとするところへ、クララホム首相が、タプティムを捕らえて部屋に連れてくる。タプティムは僧侶の服を着ており、変装してビルマ行きの船に乗り込もうとしていたことがわかる。重大な裏切り行為に激昂した王様は、罰として鞭を打とうとするが、アンナが止めに入る。近代的であろうとしている今の努力が全て無駄になってしまうとアンナは必死に説得するが、王様は聞く耳を持たない。そして遂にアンナは王様に「野蛮人」と叫んでしまう。その言葉に大きなショックを受けた王様は、胸を押さえながら鞭を捨てて部屋を出ていく。直後、行方不明だったルンタが遺体で見つかったという報告が入り、タプティムは悲壮な覚悟と共に連行されていく。後に残されたクララホムは、お前が王様をダメにしたのだ、お前など来なければよかったとアンナに怒りと悲しみをぶつける。アンナは王様から贈られた指輪をクララホムに返し、来なければよかったと答え、部屋を出ていく。

数週間後、王様の容体が悪化したことが、チャン第一夫人とチュラロンコン皇太子に伝わる。王様はあれ以来心臓を患っており、生きる気力を失い、危篤に陥っているのだ。帰国のため荷物を運び出していたアンナとルイの元に、夫人と皇太子が訪ねてくる。夫人は王様からの手紙を渡す。そこには、アンナへの深い感謝の言葉が綴られていた。王様の元へ駆けつけようとするアンナに、ルイは、相手が死にかけていると友情は戻るのかと尋ねる。アンナは、互いに傷つけ合っている時間はないのだと答え、王様はある意味であなたと同じくらい心の若い方なのだと諭す。王様のことが好きなんだねとルイは言い、アンナはとっても好きよと答える。

王様は寝室でベッドに横たわっており、やってきたアンナに数週間ぶりだなと声をかける。やつれた王様にアンナはショックを受けながら、実はもうすぐ発つのであまり時間がないのだと告げる。王様はアンナに再び指輪を渡し、つけていてくれと頼む。そこへ子どもたちが訪ねてくるが、王様より先にアンナへ駆け寄り、口々に帰国を取りやめるよう懇願する。無礼を咎めるチャン第一夫人を、王様はそのままにさせろと宥める。子どもたちの一人が、アンナへ宛てた手紙を諳んじる。導き手を失うことを恐れる子どもたちに、王様はどのように振る舞えばよいのか教えてやれと促す(Finale Ultimo)。自分を慕ってなおも引き止めようとする子どもたちに負け、アンナはとうとうシャムに留まることを決める。

王様はチュラロンコン皇太子をそばへ呼び、アンナに次の王の言葉を書き留めるように言う。チュラロンコンは、即位したら公布するつもりであるお触れをいくつか挙げ、最後に、今までシャムの伝統であった王様へのお辞儀の仕方を改めさせると宣言する。地面へ平伏する様子がカエルのようで惨めだとアンナが嫌っていた風習だ。反対するかと顔色を伺うチュラロンコンに、王様は、王はお前なのだから病人に尋ねるなと言ってみせ、アンナにはお前の影響だなと言う。アンナは、そうだといい、と答える。チュラロンコンが新しいお辞儀の作法を皆に告げる中、王様は静かに息を引き取る。

 

出会い

2018年末、このミュージカルの来日公演が発表された。私は、わけもわからないまま、行くしかない、と思った。調べたら先行抽選ではなく先行販売というめちゃめちゃアレなタイプのアレで、4週間しか公演期間ないのにエグいことするやんけ!!!!!とブチギレたので気合いでめちゃめちゃ前方の席を買って、後から字幕が読みにくいかもしれないことに気づいた。あほ。

さらにあほなことに、この時点ではあらすじも出演者も何も知らなかった。確かに王様を務める渡辺謙は最高にイケてるのでもちろん存じ上げていたが、特に推しというわけではなく、アンナを務めるケリー・オハラに至っては顔もお名前も知らなかった。そんなノリと勢いでチケットを確保した愛すべきオタクたちへ、東宝東和が手を差しのべてくれた。2018年のロンドン公演を収録した、ライブビューイングの特別上映会である。これも3日間限定というめちゃめちゃ強気なスケジュールだったので、私はまたしてもブチギレながら席をおさえた。2019年2月の出来事である。

 

特別上映会

最高の日にしようと決めていた。

日比谷とタイマンをはれる服(当社比)を着て、まずは早朝、品川。『ギルティ』(原題:Den skyldige)というデンマークの映画を観るのだ。緊急通報司令室のオペレーターとして日々を過ごす主人公が、現在進行形で誘拐されているという女性からの通報を受け、音声だけを頼りに彼女を助けようとするサスペンスで、とても面白そうだったので是非観たかった。その前にアンナミラーズで朝食をとった。実はこれもお目当てだった。人生初のアンナミラーズ!!なんでも国内では品川にしかお店がないらしい。モーニング、こんなに素敵でおいしいのに。卵は調理法が、肉は種類がそれぞれ選べたので、スクランブルエッグとベーコンにした。本当はシェイプオブウォーターに登場するキーライムパイも気になっていたけど、映画に遅れそうだったので泣く泣く諦めた。次は食べたい。

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映画はとても面白かった。いわゆるワンシチュエーションというやつで、主人公アスガーが勤める司令室で話が全て展開していって、最初から最後までほぼアスガーしか映らない。横顔がうつくしい。スリリングな展開の末にある衝撃の事実が明らかになり、それまでの全てがひっくり返ってしまった時、お、おまえ〜〜〜〜!!おまえ〜〜〜〜〜!!!!??????そういうことか〜〜〜〜〜ッッ!!??!?!!ハア〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜面白かった。出会う機会があったら是非どうぞ。

 

次は日比谷に移動。街並みがオシャレ。空気が違う。新宿がクリームソーダだとしたら、日比谷はストレートティーみたいな感じ。すっきり飲みやすくて口をつけるのが躊躇われるくらい静かで美しい紅茶みたいな。わかんない?私もわかんない。ともかくあまりに洗練されていてウロウロしにくい。とりあえず遅めの昼食をとった。食べてばかりだが何も問題はない。ひつじやさんのカレー、とてもおいしい。辛いものが苦手なので、まろやかそうな大根のカレーにした。大正解。何もかもがおいしい。お外で食べるカレーはナンを選びがち。

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そしてとうとうライブビューイング版『王様と私』を観る時が来た。

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広くてきれいで素敵な映画館の、これまた大きくて素敵なスクリーンに通された。前から2列目の席しか取れなかったので、かなり見上げる格好になる。年上のお姉さまたちが多い。パンフレットの販売はない。緊張してきて無意味に鞄の取っ手を握る。周りのマダムたちは「当時、ロンドンまで観に行ったのよ」などと異次元の会話をしている。ロンドンまで?舞台を観に???ロンドンまで舞台を観にいく人生????最高かよ??????私も将来あんな素敵なマダムになりたい…などと思ううちに上映が始まった。

え?

は?

な、何……

何これ……

う、歌がうまい…歌が…歌…声……

ハアッ、何いまの、うわ、うわ、わ、え?え??????今の顔もう1回

待って待って待って待って

何、な……待って…うそでしょ……そんなのアリかよ…………

あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜すごい〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

なんかもう何もかもレベルが高すぎてすごかった。1曲目からあのレベルの歌が来るのヤバくない?1曲目だよ?エンジン吹かしすぎじゃない?大丈夫?とか思ってたらそんな愚かな心配を丸めてキャンプファイヤーしてマシュマロを焼くみたいな歌がガンガン来て焼かれたのは私だし語彙力は死んだ。この舞台を半年後にナマで観られるなんて信じられない。謎の運命を感じてチケット戦争を勝ち抜いた過去の私thank you。お前の感性に乾杯。ケリーオハラ、こんなに素敵なひとがこの世にいたなんて。世界は輝いてる。歌がうまい。リスニングスキル皆無だけど声が聞き取りやすすぎる。どんな訓練したらあんなふうに歌えるの?声に感情が乗ってるのがわかる。演技がエモーショナルすぎる。あと渡辺謙ヤバい、まずスキンヘッドが美しい、艶のある衣装が最高に似合う、足首が美しい。王様かわいい。子どもみたい。実際そばにいたらブッ飛ばしてやりたいくらいワガママだし男尊女卑も甚だしいけど、ただ国を守りたい一心で、とても素敵。かわいいだけじゃないことがわかる場面があちこちにあってバランスが絶妙。チャン夫人素敵すぎる。愛しか感じない。あなたがナンバーワンだよ。ルンタはめちゃめちゃ逞しい腕してた。あと歌がうまい。I Have Dreamed 最高。タプティム、美しい。歌がうまい。高音がエグい。My Lord and Master で一瞬で全て持っていってしまう。Getting to Know You でルイと踊るのがとてもかわいい。大沢たかおは大胸筋しか覚えていない。

ミュージカルといえば劇団☆新感線のSHIROH、しかも映像でくらいしか知らなかった私にこれは劇薬だった*1。放心状態でスクリーンを出た。パンフレットの販売はない。サントラの販売もない。そのままお芝居をひとつ観に行った。私自身が所属している小劇団の裏方メンバーの1人が主宰を務めたお芝居だった。ギリギリ入場だったけど無事に観劇できて、帰りは同じ回を観ていたソウルメイトと梅蘭に行っておいしい炒飯をつつき合った。生活をそのまま覗き見ているみたいな感じの垣根のない空間で、とても面白いお芝居だった。

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それから興奮冷めやらぬままサントラの存在を調べて、輸入盤のほうが安価だったので早速注文した。届いたCDのブックレットは写真入りで、もっと素っ気ないもんだと思ってたのでとても嬉しかった。無事にPCで再生できてひと安心。公演の合間を縫って新録したものらしくて感謝しかない。歌に入る前や間のセリフも入ってて『わかってる』感がすごい。Shall we dance? 渡辺謙のCome…のところだけ3億回くらい再生した。

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インターネットで公演当時の観劇レポを読み漁り、作品についても考察を読んだ。役者陣には概ね好意的である一方、作品自体へ眉をひそめる意見もあった。曰く、西洋的な考えを押しつけていて上から目線なんだそうだ。

まあ思い返せば確かにそういう面もあった。

シャムが野蛮ではないと証明するために西洋風晩餐会を催すあたりとか。確かに西洋に寄せるというのはわかりやすいけれども、シャムはシャムのまま、民族衣装と裸足のままで、彼らの流儀でエドワードたちをもてなすことはできたはずだと思う。でも私がそう思うのは2019年に生きているからだとも思う。私が当時のシャムにいても、同じモヤモヤを感じることができるか自信がない。そういう意味でWestern People Funny は秀逸な曲だ。カットされることもあるらしいけど、この曲なしでどうやって西洋優位感とのバランスを取るのか不思議。

それにアンナを呼び寄せたのは他ならぬ王様自身なのだ。王様はシャムに近代的でない部分がある自覚があって、変えなければならないという問題意識もある。欧米の列強と渡り合うために嫌々だったとしても。アンナは教師で、西洋の知識を教えるのが仕事だし、それを求められているのだし、王様の前で言ってみせたように、シャムの近代化計画のことも知っている。だからアンナが自分の持つ考えを是とする図式は必然だし、アンナがシャムや王様の文化とか考えを、素敵ですねとわかりやすく尊重するような描写はない。だからバランスが悪く見えるのかもしれない。

けれども、アンナは間違いなく彼らを大切にしている。それは王様に正しく伝わっていて、だからアンナへ宛てた手紙に「お前も精一杯人々を大切にしていた」と書いたのだ。手紙にはこうもある。「お前は正しいことを言い、それゆえ私は怒りを覚えた」。王様は努力していた。法であり文化であり国である自分を変えるのはとても難しくて勇気が要る。自国の文化の何を良しとして残し、何を変えるか、しかも威厳を保ったままで。その取捨選択と立ち振る舞いの難しさといったらなかったと思う。結局は上手にはできなかったけど、たぶんその怒りと同じだけ努力した。すごい。ものすごいパワーだと思う。新しいものを受け入れようとするパワー。たとえ時に怒りを覚えてもそれを継続するパワー。ある意味自ら傷つきに行くパワー。王様、すごい。尊敬する。

だからこそShall we dance? の場面が輝くのだと思う。踊っているあの瞬間だけは、たぶんアンナと王様は雇用関係者ではなく、文化の代表者同士でもなく、友達だったのかもしれない。友達同士なら踊ることができるポルカ。ふたりの折り合いの象徴みたいな感じがする。アンナは最後までシャムの一夫多妻制をはじめとする文化を良しとしなかったし(それらの文化が本当に良いか悪いかは別にして)、王様も最後まで自分を理想通りに変えられずに苦しみ抜いた。そんなふたりの、友達のポルカ。舞台装置の柱が動くのもよかった。広いお部屋をいっぱいに使って踊ってるみたいに見えて素敵だった。このポルカが本当に美しかったから、その後にやってくる全てのことの悲しさが際立つんだけど。

王様はタプティムに鞭打とうとする時、止めるアンナに向かって、弱い王よりましだ、私のやり方でやるんだと叫んでいた。秘密警察やクララホム首相たちの前でタプティムを罰しないことは、王の威厳を損なうことになることとこれまではイコールだった。結局できずに部屋を出ていく時は、私は強いのだとまるで言い聞かせるように叫んでいた。王様は強くありたかった。けれど受け入れようとしている新しい価値観においては、鞭打たずとも強くあれる方法がある。強くあるというのはどういうことなのか、受け入れるもの、受け入れないものの選択の、とても危うい鮮烈なシーンだったと思う。異文化同士の衝突はたぶんきっかけというか、2019年現在も規模を問わずそういう出会いはあちこちで起こっているからそれもあるんだけど、そのもう少し奥にある、自分とは違うものを受け入れようとすること、それに合わせて自分を変えようとすることが如何に難しく時に痛みを伴うものなのか、違うものを流しこもうとする側の、力になりたいという100%の善意の素直さ、危うさ、素晴らしさ、けれどそれでもふたりがポルカを踊れる瞬間が来ることの素敵さ、みたいな普遍的なものが『王様と私』にはあるのではないかな…全然うまいこと言えないな…何を言っているのかわからねーと思うが私もわかってない。

 

準備

とにかくかなり素敵な体験だったので、なんとしても伝えたい溢れ出すこの気持ち。というわけで公演まで5ヶ月くらいあるのに気持ちがはやり過ぎて公式にプレゼントボックスの有無を問い合わせた。こいつ生き急ぎすぎだろって絶対思われた。でもイベントを待つオタクの前では明日って今なので。

そしたら、設置予定です、って返信があった。

いやプレゼントボックスあるんか〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜い!!!!!!!!!!!!!!

いや問い合わせたのは私なんだけどそんな若手俳優現場みたいなことある?キャストはまだ全員は発表されてないけど、来日公演だし、日本の俳優はたぶんほとんど使わないでしょ。え?プレゼントボックスあるの?マジで?いけるんちゃう?渡辺謙とケリーにファンレター、いけるんちゃう???

軽率に推しが増えるタイプのオタクをやっているので、この時点で既にすっかり主演ふたりの新規ファンと化していた私は、素敵な便箋と封筒を求めてアマゾンの奥地へ向かった。

伊東屋
https://store.ito-ya.co.jp

ミドリ
https://www.midori-store.net/smp

榛原
http://haibara-shop.jp

&note
http://andnote.theshop.jp

遊星商會
http://planet-and-co.net

古川紙工
https://www.furukawashiko.com/smarts/index/0/

アトリエ アンクルダンクル
http://encledencle.com

手紙舎
http://tegamisha.shop-pro.jp

鳩居堂
http://www.kyukyodo.co.jp/index.html

G. C. PRESS
https://gc-press.co.jp

PIE International
https://pie.co.jp/letterbook/lineup/

ウィングドウィール
https://www.winged-wheel.co.jp/envelopes-cards

4ヶ月ほどかけて検討した結果、G. C. PRESSにした。王様は生命力に満ちていてギラギラ輝いているので、渡辺謙には太陽。アンナことケリーはとある動画でtiny bunny noseと言われていて大変キュートだったので、うさぎ。銀座店まで足を運んでめちゃくちゃ時間をかけて決めて、劇中で象徴的に登場する雪のシールも買った。

ケリーへの手紙は英語で書くことになるので、色々と調べた。オタクやってなかったらたぶん海外ミュージカルスターに手紙を書くために調べものをするなんてこと、絶対なかった。オタクでいることは世界を広げてくれる。オタク、ハッピーすぎる。さっそく日本語で書いてみた。あとから英訳しやすいように教科書的な文章を意識した。まずは挨拶、次に自己紹介、ファンになったきっかけ、どのシーンがどのように素晴らしかったか、彼女自身がどれほど素晴らしいか、そして最後に体調を気遣って締める。ふむふむ、構成は完璧。

そうしてラブレターができた。

なんで????????????

ここに書くのもためらわれるレベルのクソ激重ラブポエムが爆誕した。キマりすぎててもうほとんど覚えてないけど、あなたの輝く歌声には人々の心にふれる力がありますとか私の心を豊かにしますとかなんとか書いた。怖すぎ。愛が重い。しかも最後はYour fanとかBest wishとかじゃなくてLove alwaysで締めてしまった気がする。あとから調べたら愛が重すぎてドン引きされるのでやめましょうって書かれてた。先に知りたかった。

心身ともにかなり消耗したところで、初日の5日前、オリジナルキャストのルーシー・アン・マイルズが本役のチャン第一夫人として期間限定で出演することが発表された。私の観劇日も含まれていた。

なんでそういうことするの????????????

3度目のブチギレをキメた私は同じシリーズのクローバーの便箋と封筒を買って、観劇日数日前に急遽有給を取得してプレゼント探しの旅に出た。1日中歩き回った。2ヶ月くらい前から考えていたけど、栞にした。栞なら手紙に同封できるし、荷物にならないし、気に入らなかった時に捨てやすい。伊東屋丸善、ありがとう。そして観劇日前日、徹夜で渡辺謙とルーシー宛ての手紙を書いた。完全にキマってたので内容はほとんど覚えていないけど、ルーシーへの手紙はまたしてもここには書けないレベルのクソ激重ラブポエムになった。渡辺謙とケリーへの手紙には雪のシールを、ルーシーへは音符のシールを使った。カードも入れて、この栞はあなたへのプレゼントです!って書いた。封にはお店で1時間悩んで選んだ日本の伝統柄のマスキングテープを使った。裏には、住所を明かせないような身分のものではありませんよの意味でガチの住所を書いた。もちろんお返事は期待していないので、サイン入り写真くださいとかお返事待ってますみたいなことは一切書かなかったし、返信用封筒も同封しなかった。ただ、手紙がいつご本人たちに届くシステムなのかわからなかったので、いつのステージかわかるように、観劇日とマチネの文字を書き込んだ。

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よく見るとケリーのファミリーネームの綴りがO’haraになっているので死んだほうがいい。正しくはO’Haraです。あとDearを付けたらMs.は不要らしい。覚えて帰ってね。

 

図書館で本も読んだ。石井米雄・飯島明子氏著『もうひとつの「王様と私」』だ。映画や舞台とはかなり異なるアンナの実際の人物像や、王様がどのように西洋文化に触れてきたかが書いてあり、かなり勉強になった。やはり舞台はフィクションだととらえたほうがよさそう。

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あと映画も観た。公演初日数日前に確かBSのNHKでユルブリンナー版が放送されたのだ。やればできるじゃん。ユルブリンナーはマジで非の打ち所がなくかっこよかった。『荒野の七人』も相当かっこよかったので覚悟はしていたけど、ユルブリンナーの王様の前ではそんなものは紙屑同然だった。ユルブリンナー怖い。雑誌の特集で読んだけど、当時ロイヤルチルドレン役だった子どもたちを休日にサーカスに連れていったり、プライベートでもお父さまって呼ばれてたりしてたらしい。ユルブリンナーをお父さまと呼べる人生、ヤバい。たぶん前世で宇宙を救ったんだと思う。

 

当日

渡辺謙とルーシーへの手紙は朝4時に書き終わった。数時間仮眠を取ってから出かけた。チケットと手紙を持ったか50回は確認した。渋谷に着くと、大きな幕が出迎えてくれた。これを、今から観るんだ。全く現実感がない。観劇中におなかが鳴ってしまうと周りにご迷惑なので、ヒカリエでフルーツサンドを買って食べた。幕間で食べる用のも買った。併設のバーは混雑するだろうと思ったからだ。

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入場した。これは現実なのだろうか。え?待って?私いま生きてるよね?この世は胡蝶の夢じゃないよね?私ってこの世に存在してるよね?そんで今から観るんだよね?ほんとに?

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プレゼントボックスは果たして本当にあった。主演は渡辺謙だし、クララホム首相役は大沢たかおだし、日本で公演してくれる機会なんてたぶんもう一生ないようなケリーをはじめとするブロードウェイガチ勢たちが出演するんだから、ボックスは1人1箱ずつあるはずだし、毎日毎ステージ満杯になるはずだ。差し込む隙間があるといいけど…。と思いながら鞄から手紙を取り出して隙間を探しえええええええええええスッカスカ!!!!!!!!!!!!!!!スッッッカスカだ!!!!!!!!!!??????スッッッカスカやんけ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

ボックスは全員共通で2箱のみ、しかも私のほかには渡辺謙宛ての手紙が1通だけだった(咄嗟に宛先見てしまって申し訳ないです。差出人の方のお名前は見てないです)。え?マジで?マジ?本気か?日本のミュージカルオタクたち全員シャイか?私の面の皮が厚すぎる感じ?みんな自分の内なるパッションをどう処理してんの?吐き出さずにはいられないの私だけ?私が異常なの?え?マジで???とりあえず手紙は入れた。え?マジ?そもそもプレゼントボックスの認知度が低い?それとも設置されていることが周知されてない感じ?マジ?こんな状態だったら手紙確実にご本人にお届けされるじゃん。正気か?いや読んでもらいたくて書いたんだけど読まれるとは思わないじゃん。あ〜〜〜〜〜もう無理だ。もうどうにでもしてくれ。さよなら人権。クソ激重ラブポエムなんかどうか捨ててくれ。うそ。絶対に読んでほしい。

 

着席した。前から2列目、センター寄り、少しだけ上手側。オケピからはサウンドチェックの音が聞こえている。オケピって本当にあるんだ。すごい。素敵。よろしくお願いしますの気持ち。緊張してシャツの襟を無駄に直したりした。いいお席の時はとりあえず襟付きのシャツを着ておけばいいと思ってるふしがある。オレンジ色のイヤリングも着けていた。タイには生まれた曜日によってイメージカラーがあるらしくて、調べたら王様であるラーマ4世は木曜日生まれで、色はオレンジだったからだ。推しや作品のイメージカラーとかモチーフを取り入れて気合いを入れるの大好き。それに絶対に演者の視界に入る。日本のミュージカルファンはだらしないなと思われるわけにはいかない。もっとおしゃれでいられる人生を送っておくべきだった。今さら遅い。オケピから音がしている。席が埋まる。今日がマイ初日にしてマイ千穐楽だ。一生に一度の舞台だ。なんの冗談でも誇張でもなく、そうだ。私は観劇にあたり本当にベストを尽くしたのだろうか。全て拾えるだろうか。何ひとつ見落とすことなく、全てを覚えていられるだろうか。たぶん無理だ。スマホの電源を切る。きっと忘れる。全てが過去になる。無理だ。始まってほしくない。始まったら終わってしまう。このまま永遠に始まらないでほしい。ハンカチを取り出す。パンフレットを抱える。ああ、始まってしまう。始まらないでほしい。どうしてチケットを取ったりしたんだろう。意味がわからない。私はいま生きているのだろうか。

 

Overture が流れ出す。3秒で泣いた。自分でもびっくりした。まだ誰も舞台上に出てきてすらいない。舞台袖からスモークが溢れてくる。幕が上がる。大きな船。ルイが走り出てくる。そして船長。アンナ。ケリー。ケリーオハラ。本当に彼女だ。目の前にいる。小さな体で大きな船に乗っている。舞台両側に字幕が出る。少しそちらを見る。でもケリーを見ていたい。彼女が歌い出す。涙が出てきた。なんて美しい歌声だろう。羽が生えてるみたいだ。透明な羽が客席の上を滑って満ちていくのがわかった。まるで話をするように歌うんだなと思った。セリフと歌の間に何もない。自然すぎる。きっと彼女にとっては何の違いもないんだろうなと思った。歌うことが呼吸することと同じなのかもしれない。とても素敵なことだ。声に強弱がある。声量の上昇を肌で感じる。この日までに何度も何度も繰り返し聞いたCD音源とは違う。これはCDじゃないんだ。いま、歌ってるんだ。ハンカチなんかどうでもいい。化粧なんか知ったことか。一瞬も気をやりたくなくて色々垂れ流したまま拍手をした。

王様が出てくる。しかも客席の通路から。そうだ、ここは彼の王宮なのだ。背が高い。スキンヘッドではない。存在感がすごい。王様だ。本当に渡辺謙だ。全身から命の輝きが迸っている。今ここに生きている。子どもたちを紹介する場面ではくるくると表情が変わる。丁寧なお芝居だ。ライブビューイング版より格段に英語も歌も上手になっている。しかもめちゃくちゃセクシーだ。渡辺謙ってこんなにセクシーなの?信じられない。命が燃えている。目の前でケリーとふたりで寝そべる。顔がかわいい。

ルーシー。本当にチャン第一夫人役で登場した。杖をついていない。胸がいっぱいになった。王様とすれ違う時、一瞬立ち止まってするりと頬を撫でられた時のあの顔!!忘れられない。もう覚えてないけど。あの嬉しそうな顔!!とってもキュートだった。Something Wonderful が始まる。愛しか感じない。アンナが去った後に続きを歌う時の顔と声。悔しいよね。自分が一番助けて支えてあげたい人に対して、自分は無力で、力になれる人を送り込むのが精一杯で、本当は自分がそうでありたいのに。でもそうするのは、それだけ王様を愛しているからで、本当に強い人だ。ルーシーのSomething Wonderful が聴けるなんて思わなかった。一生の宝物だ。一生大事にする。ルーシー、ありがとう。

幕間。冒頭から割と泣き通しなので、グスグス言いながらラウンジでサンドイッチを食べた。既にキャパオーバー。もう無理。なんで1幕終わっちゃったの?なんで物事は始まると終わりが来るの?ELLEGARDENもMy favorite songs and favorite TV shows are never ending. My favorite books and my favorite radio shows will never die. They echo inside me. って歌ってるじゃん。ELLEGARDENは嘘は言わないんだよ。そうだろ?

2幕。始まってしまった。劇中劇。バレエ要素がたくさんあって、人間の身体の素敵さをまざまざと感じる。My Lord and Master の時点で一瞬でわかってたけど、タプティム役のキャム・クナリーが本当に素敵だ。アンダーだったなんて信じられない。ブロードウェイ怖い。エドワードと船長が同じ人だと知った時はびっくりした。エドワード、いい人っぽいけど、アンナに近づかないでほしい。彼女困ってるだろ!しっしっ!王様はやく来て!

晩餐会でのアンナのドレス姿が美しすぎて言葉もない。夕闇に映える藤紫色。肩の露出に驚いた王様に、アンナがお気に召さなくて残念です、って返したら、そうは言ってないだろ!!!ってブチギレる王様が愛しすぎて死んだ。ていうかそもそもアンナの衣装が全体的に神。冒頭のドレスは海の色で、海を旅してシャムにやってきたことを視覚的に感じさせてくれるし、Getting to Know You での白いドレスは真昼の太陽の光の色みたいで、物語を24時間に換算したとしてもちょうどお昼くらいのタイミングだと思う。そして晩餐会では夕闇の藤紫色。最期、王様の死に立ち会う時は、真紅のドレス。沈む太陽の色。完璧すぎる。天才。神。衣装に関わった人たち全員にお歳暮を贈りたい。嫌いなものとかある?どこ住み?てかLINEやってる?

そしてとうとうShall we dance? の場面が来た。来る、来るぞ、いや待って待って待って終わらないで聞きたくない来るぞ来るぞ来るぞくるぞ

...Was like this. No?

Yes. 

──Come. 

ア〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

王様はアンナの細い腰に手を回して引き寄せて、口づけ寸前レベルまで近づいて、アンナが僅かに顔を引く。アンナが王様を見つめたままドレスの裾を持ち上げる。柱が動き、縫うようにふたりが踊る。youtubeで色んな役者さんのこのシーンを観たけど、どのペアよりも速いし、大きい。ほとんど跳ぶように踊っている。翻るドレスが素敵だ。すごい量と重さの布だと思う。リードする王様は大変だろう。ドレスは大きく翻るほど綺麗だからだ。そのためのデザインだ。踊り終わって一旦離れたアンナの元へ、今度は引き寄せられるように王様が歩いていく。頬に伸ばされた手にアンナが自分のそれを重ねながら、やんわりと下げる。小さく首を横に振る。手を引いた王様が頷く。とんでもないものを観てしまった。なんだこれは?私はいま一体何を目撃したんだ?この世の全てが今ふたりの間にある。これはもう宇宙と言っても過言ではない。宇宙だ。いま私はこの世の全てを見た。

その後は悲しかった。1幕であんなにギラギラと輝きながら生きて燃えていた王様の命が残り僅かなのがわかる。客席の通路をゆっくり歩く、少し丸まった背中に今すぐ触れたかった。しんどい。ここまでほぼずっと泣いてる。なんで命あるものはやがて死んでしまうの?無理すぎ。私が代わりに死にたかった。チュラロンコン皇太子は王様が息を引き取る瞬間、王様を見てはいなかった。正しいと思った。看取ったのはアンナだ。たぶん。チャン第一夫人も見ていたかな?ちょっと泣きすぎててよく覚えていない。

カーテンコールはめちゃくちゃ拍手した。渡辺謙がケリーと手を取り合ってニコニコ出てきた時は本当に救われた。死んでないじゃん。よかった〜〜〜〜〜!!1度や2度のカテコで客が許すはずはなく、何度目かのカテコで渡辺謙は嬉しそうにガッツポーズをしていた。私も泣きながらスタンディングオベーションをした。名残惜しすぎて帰るのが大変だった。翌週はもちろん仕事が手につかなかった。

それから2度ほど当日券チャレンジをしたけど、ご縁がないまま、8月4日に舞台は千穐楽を迎えた。渡辺謙とケリーはともにそれぞれ王様とアンナから卒業すると発表があったらしい。全ての意味で本当に一生に一度の舞台だったわけだ。最後の舞台に日本を選んでくれるなんて、こんなに光栄なことがあっていいの?観ている間は一瞬一瞬絶対に一生覚えておこうと心に刻んだつもりだったのに、今はもう何も覚えていない。でも思い出せないだけで覚えているはずなので、ふたりの最後のお役を目撃したことは一生大切にするし一生自慢する。大切な思い出すぎて上書きが無理なので、これから先一生『王様と私』をナマで鑑賞することはしないかもしれない。渡辺謙が私の王様で、ケリーが私のアンナ。そのままでいたい。愛が重い。でもチケット取るの頑張ってよかった。本当に。そうして私の夏は終わった。

 

その後

8月2日。ああ明後日はとうとう千穐楽だなあと思いながら仕事終わりに映画『ワイルド・スピード   スーパーコンボ』をレイトショーでキメた深夜、家のポストを開けると、緑色の小さな手紙が入っていた。そこにはこう書かれていた。

 

KING AND I    K. O’Hara

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??????????????????????????????????????????????????????

ちょっと待って

まって

まって??????????????????

部屋に帰ってよく眺めた。何度読んでも「KING AND I   K. O’Hara」と書かれている。王様と私、ケリー・オハラ。もう1度読んだ。やっぱり書いてある。ケリーからのお返事?そんなばかな。頬をつねってからもう1回読んだ。頬を痛めただけだった。

宛先には私が調べながら書いたのと同じ形式で、私の住所と本名がローマ字で書いてある。消印は7月末の夜、渋谷の郵便局のスタンプ。劇場の近くから投函してくれたのか。そしてめちゃくちゃ素敵なことに、料金不足のスタンプも押されていた。貼ってあるのがまさかの10円切手だと気がついてその場で笑い転げた。でも、よーく考えてみて?(海外ドラマ風に)もしケリーが手紙の投函を日本人スタッフか日本に慣れた外国人スタッフに頼んだとしたら、こんなことが起こるだろうか?いや起こらないはずだ(反語)。つまり日本の切手システムに不慣れな人が投函したことになる。たぶん10ドル感覚で切手を買ったんだろう。それって、その、つまり、ケリー本人が投函した可能性はないだろうか?それに気がついた瞬間世界は色づき花は咲き乱れ虹がかかりオーロラが現れ爽やかな風が吹き小鳥たちは歌い出し、そして世界から争いが消えた。私は翌日泣きながらコンビニで切手を買い求め、郵便局へ返送した。

手紙をひっくり返すと、普通のセロハンテープで1箇所だけ留めて封がされていた。忙しい中でそれでも書いてくれたんだ。そっと中から手紙を取り出す。私のファーストネームから始まり、私の出した手紙とプレゼントへの感謝と、日本を楽しんでいますということが書かれていた。アプリ頼みの稚拙な英語で書いたから、レベルを合わせて簡単な英語で書いてくれたのかもしれない。やさしい。ちなみに最後はBestで締めくくられていた。2019年7月、とも書かれていた。2019年7月の、ケリーにとって最後の『王様と私』アンナ役での手紙のお返事。もしかしなくても家宝。信じられない。7千万回くらい眺めてさわりまくった。文字をなぞると、ボールペンの僅かなへこみを指先で感じる。本物だ。プリントアウトじゃない、本当に本物の直筆だ。信じられない。こんなことってある?あまりにもあまりすぎて手に負えなくてツイッターで発狂した。

 

手紙は今も私の部屋にある。うれしすぎていつでも眺められるように文面をスマホで写真に撮って常に読み返している。これでストレスフルなことが起こっても大抵どうにかなる。だって私はケリーの最後のアンナ役でファンレターにお返事をもらった女だから。ヤバいよね。ますます好きになっちゃう。まさかファンレター出した人全員に返事書いたりしてるのかな?これ読んでる奇特な人でこの件でケリーからお返事もらった人いたら連絡ください。分かち合いましょう。取り急ぎお礼の気持ちを込めてケリーのアルバム『Always』を輸入したし(なんとSomething Wonderful のカバーが収録されている!)、手紙はアンコール上映されたMETオペラ『コジ・ファン・トゥッテ』を観に行った時に鳩居堂で買った桐の文箱に入れて保管している。鳩居堂で売ってることを教えてくださったフォロワーさんありがとう!

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マジでこういうことは起こるのでみんなファンレターは検討したほうがいいです。届けられる機会が少ない相手なら尚更。お返事欲しさが全てではないけど、好きでいることをオープンにするといいことがあるかもしれないよ。

最後に、渡辺謙、ケリー、ルーシー、全てのキャストさん、全てのスタッフさん、この来日公演に関わった全ての方々、本当にありがとうございました。一生忘れられない夏でした。

おわり。

*1:SHIROHのレベルが低いと言いたいのではない。SHIROHマジ最高。いつか再演してくれ

ヤバい歌詞の話

語彙力がなくてすまない。とりあえず聞いてほしい。

 

私は日本で生まれて、日本で育って、両親も日本人で、日本語を母国語として生きてきた。そして日本語をそこそこ愛している。つまり日本語の歌も愛している。

そんな私の欠落した感性に響いたヤバい歌詞の話をこれからする。

挙げてはみたけど本当に偏っている。もはや私の性癖そのものと言ってもいい。自分について説明する時、「27歳」「自分のことを女だと思ってるタイプの女」「ハンバーグが好き」とか話すより「こういう歌詞にグッとくる人間」て説明したほうがわかってもらえるかもしれない。そういう感じだ。

ちなみに順不同だ。今後もヤバい歌詞に出会ったら追記するかもしれない。

 

 

 

 

 

赤いタンバリンBLANKEY JET CITY

あの娘のことが好きなのは

赤いタンバリンを上手に撃つから

流れ星一個盗んで

目の前に差し出した時の顔が見たい

はい天才〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!

まず注目したいのはタンバリンに対する「撃つ」という動詞。タンバリンは「打つ」が正しいのだが、作詞者の浅井健一は天才なので、赤いタンバリン心臓に見立てているのである。ハートを撃ち抜いてくるので、「撃つ」となるのだ。クゥ〜〜ッ!!憎いね!!と川平慈英ばりに唸ってしまう。ちなみに「娘」は「こ」と読む。

更に憎いのが、次に続く「流れ星一個盗んで   目の前に差し出した時の顔が見たい」のフレーズ。これは一体何?初めて聞いた時あまりにもエモすぎて無理で暴れ回ってしまった。この一文で宇宙のように膨張する想像を浅井健一は知っていたのか?このたった一文で星屑がこぼれ落ちるような光景を、その流れ星だけが知っているのか?マジで無理。最高。ヤバい以外に感想がない。ヤバい。最高。ありがとう。

http://j-lyric.net/artist/a0039dd/l000117.html

 

 

 

危険すぎる/浅井健一

Hey baby こっちにおいでよ

そこはあまりにも危険すぎる…

ベッドから落ちるぜ…

さらわれちゃうよ

さらってくれ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!

BLANKEY JET CITYでお馴染み、ベンジーこと浅井健一のソロ曲。バックでずっと聞こえているセクシーなコーラスは椎名林檎女史という最強の布陣である。この歌の詩は最初から最後までヤバいのだが、全文掲載するわけにもいかないのでサビを抜粋した。

誰かを自分のほうへ呼び寄せるのに「こっちにおいでよ」はわかる。これはある。ラブソングの定番フレーズ感すらある。けれどもその理由として次に続く「そこはあまりにも危険すぎる…」。一体何がそんなに危険なのか?そんな誘い方をしてくるおまえのほうが危険なのでは?そして「ベッドから落ちるぜ…」。

これは私の妄想なのだが、あまりにも危険すぎる場所にいるそいつは、シャワーのお湯が途中で止まり、リモコンのボタンはほとんど全部ないレベルの安モーテルの二人きりの部屋の、これまたボロボロのベッドの上で遊んでいたのではないだろうか。ボロすぎて逆にテンションが上がってしまったそいつはそのベッドではしゃぎ始め、それを少し面白がりながら、もう一人が言うのだ。「Hey baby こっちにおいでよ   そこはあまりにも危険すぎる…   ベッドから落ちるぜ…」。そしてトドメの「さらわれちゃうよ」。この退廃的かつ排他的な雰囲気の中で確かに感じる気怠げなLOVE。ア〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜無理セクシーすぎ最高大好き攫って。

http://j-lyric.net/artist/a04af17/l00a5a4.html

 

 

 

幸福論/福山雅治

「幸せ」を難しく考えずに

語り過ぎずに

未来永劫変わらないモノと

期待し過ぎたりしないで

そのつど自然と降りてくる

この感じをつかまえて

それで日々を繋いでいくんです

わかる〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!!!!!!

これが世界の真実すぎる。私はこれを支持する。幸福に対する完全なるそれな案件。完全に推せる。

幸福”論”というタイトルなので、歌詞ではもちろん幸福について論じられなければならない。しかし作詞者の福山雅治は天才なので、それを説明しすぎないのだ。

実はこの前段で幸福感について「それは人類60億もの   年齢、性格、体質にそって   主観的であるべきです」と述べている。このまま理詰めでいくのかと思いきや、「そのつど自然と降りてくる   この感じをつかまえて」と非常に抽象的な描写が入るところがたまらない。曖昧で抽象的なものに対するアプローチとして、きっちりカッチリ説明しようとする姿勢と、ふわふわしたままそっと言葉にしようとする姿勢のバランスが天才。加えて「期待し過ぎたりしないで」の裏に透けている若干のいい意味での諦めに、人生の先輩としてのポップなアドバイスを感じるが、全く嫌味な感じがしないし、押し付けがましくもない。歌詞のこのさわやかな距離感はどこから来るのだろう。大好き。一生推す。

http://j-lyric.net/artist/a000671/l019573.html

 

 

 

Good Bye Nautilus 〜さよならノーチラス号〜/Scudelia Electro

オートマティカルなスピードで

君の心   撃ち抜いて

駆け出した海は

悲しみ讃えるエメラルド

Good by my love, planet love

う、美しい……………………………………………………………。

バンド名は「スクーデリア・エレクトロ」と読む。アニメ『コンクリートレボルティオ』で挿入歌Time Slipperを担当し、演劇集団キャラメルボックスにも多数の挿入歌を提供している、石田ショーキチ率いるバンドである。この曲はそのまま『さよならノーチラス号』というタイトルのキャラメルボックスの舞台のオープニングを飾っており、この曲に乗せて踊られるダンスが作品の眼目のひとつとなっている(らしい)。余談だが私はこのバンドをNHKの神アニメ『王ドロボウJING』で知った。オープニングからエンディングまでまるっと担当している。超オシャレ。みんな観よう。

注目したいのは、英単語の綴りと漢字の使い方だ。タイトルではGood Byeなのが、歌詞中ではGood byになっている。調べてみたら、どちらも間違いではないが、一般的な綴りは前者のようだ。しかし、後者のほうはGod be with ya (神があなたと共にいますように)の短縮形というニュアンスがあるらしい。実は詩はこの後「神の胸にいだかれて安らかに眠る」と続く。ここを意識して敢えてGood byにしたのだとしたら、石田ショーキチ、素敵すぎる。ヤバい。あなたが神。最高。ありがとう。

漢字の使い方もヤバい。液体でいっぱいにする、という意味では「湛える」が正しいのだが、ここでは、褒める、褒めて名を言うという意味の「讃える」が使われている。悲しみを肯定してくれる。最高。しかも色はエメラルド。ヤバい。最高。

静かなる疾走感の果てに視界が開けて、そこにあるのはエメラルドの海。美しすぎる。最高。大好き。ありがとう。

https://petitlyrics.com/lyrics/68358

 

 

 

言葉はさんかく   こころは四角/くるり

言葉は三角で   心は四角だな

まあるい涙をそっと拭いてくれ

発想が天才〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!

さて、こちらもタイトルと歌詞中とで表記が異なっている。「さんかく (三角)」と「四角 (しかく)」だ。これについては私の個人的な文字に対する感性と完全に一致していてめちゃくちゃ気持ちいい。

本当に個人的な感覚だが、ひらがなとひらがな、漢字と漢字が続くより、程よく混ざっているのが好きだ。例えば「今何時?」より「いま何時?」が好きだし、「いまこの時」より「今この時」が好きだ。あと同じ漢字で2種類以上の読み方がある時は、なるべくひらがなにするのが好きだ。「辛い」を「からい」と読むか「つらい」と読むかは前後の文脈から判断できるが、漢字が目に入ったほんの一瞬は迷うことがある。それが嫌で、そういう単語を使う時はひらがなにすることが多い。

そういう感覚が私にはあって、だから歌詞中で漢字とひらがなが交互に登場しているのが気持ちいい。タイトルで空白スペースを挟んでひらがなが続いてるのも逆に気持ちいい。最高。天才。

あと普通に発想が天才。言葉 (三角)だけなら心 (四角)を埋めることができるけど、人生そううまくはいかないので、そこに涙 (まる)が入ってきてしまう。円は四角の中だと限りなくゼロに近い面積の点で接するので、円 (涙)がある限り、三角 (言葉)を駆使したとしても結局四角 (心)を埋め尽くすことはできない。だからそっと拭いてほしがる。そのささやかな重たい希望を軽やかに歌い上げる岸田繁、天才すぎる。最高。ありがとう。

http://j-lyric.net/artist/a000786/l00ad6a.html

 

 

 

I was walkin’ & sleepin’ /THEE MICHELLE GUN ELEPHANT

話しかけないでくれ

電話しないでくれ

笑いかけないでくれ

今言ったことは忘れておくれ

声をかけておくれ

たまには電話をくれ

笑顔を見せておくれ

ほっておいてくれ

は???????????????????好き。

バンド名は「ミッシェル・ガン・エレファント」と読む。THEEは誤字ではないが発音もしない。現在はThe Birthdayというバンドで活動しているチバユウスケが率いていたロックバンドだ。

余談だが、このバンドにはかつてアベフトシというギタリストがいた。彼は若くして急逝したのだが、その訃報がきっかけで私はこのバンドに出会った。ネックをまるで枝のように握る大きな手から繰り出される超絶カッティングは私を6歳に戻すのに充分で、たぶん同じようなギターキッズたちは世界中にいる。そうして彼は数々のギターキッズたちを生み出しては殺していった『カッティングの鬼』として人々に記憶されるところとなっている。最高なので是非聴いてみてほしい。

話を戻そう。この歌詞のかわいさが伝わるだろうか?冒頭で「話しかけないでくれ」から始まって散々拒絶しておいて、「今言ったことは忘れておくれ」と全く同じ調子でさらりと言うのだ。何?天邪鬼なの?ねこちゃんなの?そして「声をかけておくれ」と甘えておきながら最後は「ほっておいてくれ」と繰り返し、続いて「普通だよって言ってくれよ   毎日だって言ってくれよ」とおねだりすら繰り出してくる。ころころと変わる心模様をこんなにもかわいく表現できるものなの?ヤバい。もうやっぱりねこちゃんなのかもしれない。ちなみにチバがねこちゃんの気を引きたくてベランダから植木を投げ込んだエピソードは「キャンディ・ハウス」という曲の歌詞になっている。最高にアガる曲なので聴いてみてね。

ア〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜どう見てもカタギには見えない強面のチバがこの詩を書いているのを想像するだけで世界が救える気がする。こんなこと言われたらハア??????ふざけんなよってひとしきりキレた後でコーヒーとココアを淹れて、好きなほうをあげる。最高。大好き。長生きしてね。

http://j-lyric.net/artist/a0023f3/l018b43.html

 

 

 

White Surf Style 5./SUPERCAR

2029  風色サーフ

不可も可もない未来まで

街波サーフスタイル5.

不可も可もない広い世界

とりとめないいろいろに

静かに愛をまいてたい

気にとめないやさしさで

確かな今日を祝うのさ

単純に天才。

作詞者は石渡淳治。Superflyの「愛をこめて花束を」などの作詞者でもある。言語センスがヤバい。超新星爆発起こしてる。まずタイトルが神。「ホワイト・サーフ・スタイル・ファイブ」って。造語だと思うけど、どういう人生歩んだらこんな言葉が出てくるんだろう。そして意味があるようでないようであるような詩も最高。「とりとめないいろいろに   静かに愛をまいてたい」これだよこれ。てくてく歩きながら視界の隅にタンポポが映って、そのまま通り過ぎて歩き続けながらそのことを考えているような詩、大好き。しかも風のように流れ流されてふわふわした夢のような日々を思わせるのに、「確かな今日を祝うのさ」で、これが夢なんかじゃないことを知る。確かな今日なんだよな。嬉しい。本当にありがとう。神。

風みたいな詩の音も天才。「風色サーフ」「スタイル5.」から「不可も可もない」は同じ”ふ”で繋がれていて、「いろいろに」「まいてたい」から「静かに愛を」「気にとめない」へは同じ” i ”の母音で繋がっている。この音の流れがまさに街波サーフスタイル5.。天才。

http://j-lyric.net/artist/a0201f4/l011830.html

 

 

 

とりあえず以上だ!みんなの考えるヤバい歌詞の話も聞きたいな。

1日だけ冒険に出かけた話

こんにちは。日々なんとか生きています。ギズモ参謀です。

先日のゴールデンウィークに、1日だけ冒険に出かけてきました。その時の話をします。

 

冒険のきっかけ

私は車の免許を持っていないため、お出かけは専ら電車移動です。ある時、券売機前で路線図を見上げていて、こう思いました。

世の中には降りたことのない駅が多すぎる。

このことに気づいてしまった私は、ぼんやりと「冒険するか」と思いました。

私は『スタンド・バイ・ミー』のような計画性ある(?)冒険もすきですが、『ホビット  思いがけない冒険』のような衝動性あふれる冒険にも憧れます。ですので、思いついてしまった冒険に実際に出かけるには、ただ単に仕事がお休みだとか、逆にそのために仕事の休みを調節するとか、そういうことではなく、むしろ朝起きて外を見た時に空がメチャメチャ青くて最高で仕事も休みだった、みたいな気持ちの時が理想だなと考えていました。そういう、意図せず何もかもがぴったりな時に行きたかったのです。

そしてこのことは日々に忙殺されてしばらく忘れていました。しかし、今月突如この衝動を思い出しました。今だ、と思いました。

 

冒険に出かけよう

まず幾つかルールを決めました。

  • その時来た電車に乗る
  • 乗った電車で終点まで行く
  • ただし途中下車は認める

こんな感じです。お金があまりないので極貧の冒険です。

まずは普通に朝起きます。この時、気合いを入れて早朝に起きてしまうと、冒険に出かける気満々になってしまい、能動的すぎるので、あくまでもその時の気分に任せてお布団から脱出します。気持ち優先です。

同居している家族にも冒険に出かけることは言いません。のんびり朝ごはんを食べている娘が、まさか今日冒険に出かけるだなんて母上は夢にも思わないでしょう。誰にも内緒でお出かけするのです。最高。

私のおうちから比較的近くて、かつ色々な路線が集合している駅は横浜駅なので、まずは横浜駅に向かいました。たくさん電車が来ます。どの路線にも降りたことのない駅があります。心の中のロッカーに尋ねます。

「どの電車に乗ればいいと思う?」

「空を見上げろ。それがパンクだ」

その日の空はとても青かったので、青い色の電車に乗ることにしました。ありがとうロッカー。私は横須賀線のホームに向かいました。次の電車は久里浜行きでした。私の冒険の地が決まりました。

 

途中下車

同じ車両に乗っているひとたちの誰も私の今日の冒険を知らないのだと思うと、死ぬほど最高です。ルンルン気分で電車に揺られていたのですが、ド平日だったにも関わらず、車両には割と乗客がいて、しかも終点が迫ってもなかなか減っていきませんでした。終点に近づくほど乗客が減り、最後には自分だけが残っている的な、『千と千尋の神隠し』パターンを想定していた私は動揺してしまいました。

そして考えた結果、逆に誰も降りなかった駅で降りればいいのでは?という結論に達しました。

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降りてみました。

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誰もいねえ!!!!!!!!ヒュウ〜〜〜〜〜〜ッ!!!!

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トンネルまである!!!!完璧!!!!!!!!

降りたのは田浦という駅でした。ホームからは住宅と森と山しか見えませんでした。最高。静かに大興奮しながら、改札を抜けてみました。

ハア〜〜〜〜〜〜〜〜!!!なんにもねえ!!!

本当になんにもありませんでした。ビルもねえ!TSUTAYAもねえ!でも改札は有人でしたし自動でした。さすがにバカにしすぎだった。

ともあれ、再び電車に乗ってしまうのは早計というものです。Googleマップ先生によると、横須賀駅が次の駅としては適当なようです。距離はありそうですが、とてもいいお天気なので、歩いて向かうことにします。

道路をひたすら道なりに進みます。誰も歩いていません。最高。日差しが強かったので、相棒のカメラが熱を持ちすぎないようコートの内側に入れて、フードをかぶります。作業着姿のお兄さんたちにガン見されながら歩きます。そりゃあこんな平日の昼間に黄色のコート来てフードかぶってカメラ持った小娘がいたら見ますよね。横須賀が近いとあって、周りには海上自衛隊の補給所的な施設やら専門病院やらがたくさんありました。撮ったら暗殺されるかもしれないと思ったのでお写真はありません。命が惜しかったんだ。ごめんな。

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トンネルを幾つか通りました。楽しすぎて何度も振り返ってしまいました。無事に帰れるだろうか。

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線路沿いの公園に芥川龍之介の小説の一節を見つけました。このあたりにお住まいだったことがあるそうですね。足元のお花も綺麗でした。公園では営業職らしきお兄さんたちがお昼寝をしてらして最高でした。

そして結局1時間ほど歩きました。ゆっくりペースだったので、大体3〜4キロくらいと推測。横須賀駅に着きました。

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スゲエ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!かっけえ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!

三笠というお名前なんですかね。駅に看板がありました。25歳(小2)なので、おおきなお船には興奮します。かっこよすぎ。案内板によると、近くにヴェルニー記念館ペリー来航記念館があるそうです。なにそれ面白そう。検索してみたところ、

ふたつとも休館日でした。

無念。またご縁があったらきっと訪ねてゆくからな…。

 

終点  久里浜駅

1時間歩いて疲れたので、横須賀駅久里浜駅は電車に乗りました。

そしてやってきました終点久里浜駅。ここで日暮れまで遊びます。まずは少し遅くなったけど、お昼ごはんだ!早速検索します。が、美味しそうなお店に限って、昼営業終了間近。私ほんとこういうの間が悪いんですよね。私は急ぐ食事が苦手なので、泣く泣くファストフードにて食事。若干疲れた体にオレンジジュースが沁みます。おいしい。

久里浜ってよく知らないけど、たぶん海があるんだろうと思いますし、海があるなら見ないわけにはいきません。駅に戻り、案内板で海岸までの道を覚えます。近くにお寺や神社が幾つかあるようです。折角なのでお参りをしていくことにしました。

すぐ横が墓地だったのでお写真は控えさせていただいたため、もはやお寺の名前も覚えていませんが、行きました。目が不自由なお坊さん?が同じ苦労をしている方のためにと彫った仏像が幾つもありました。すごかった。自分と家族と友人たちの目の健康をお祈りしました。

 

いよいよ海へ

お参りを終えたところで、いよいよ海へ向かいます。『スタンド・バイ・ミー』よろしく、線路沿いならぬ川沿いを歩きます。ここもほとんど人は歩いていません。最高か。川向こうには海上自衛隊の駐屯地もありました。隊服を着たお兄さんが門番をしていらっしゃいました。かっこいい。あと、親しみしか感じないお名前の釣り船もありました。

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ほかにも釣り船がたくさん。お兄さんたちがお手入れをしていました。かっこいい。

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海が近づいてきます。

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お…?おおぉ…おお〜〜〜〜〜〜!!!!

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川と海が混ざるところ、はじめて見ました。感動です。

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海だ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!!!

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釣りのおじさんたち以外はほぼ無人です!貸切と言っても過言ではないのだ!

波の届かないギリギリまで行き、しゃがんで写真を撮りました。

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すごい…波だ…生きてる…ぜんぶ違う…ぜんぜん違う…すごい…海すごい…

大興奮したので、タオルもビーチサンダルも何も持ってきていませんでしたが、

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裸足になって海に入りました。

波が来るたびに細かい砂がバーーーッてなって足が沈んでいくのめちゃめちゃに楽しい…冷たくてきもちいい…

などと油断していたら、ウワッ何をするやめろやめるんだウアアアアあああああ

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裾が濡れました。でも楽しいので全てOKです。

シャッタースピードを上げて波を撮ってみたり、足跡を撮ったりして遊びました。

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暗くなる前に海からのお土産を探す気になっていたので、名残惜しいですが、靴を履く準備のために早めに海から上がることにしました。波打ち際から少し離れると、石や砕けた貝殻が散乱していたので、抜き足差し足で歩きました。いたた。

それにしても裸足で砂浜を歩いて海に入るなんて、何年振りだったでしょうか。砂の感触も時折足をさわっていく海藻の感触も忘れていました。たまにはいいもんですね。

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砂浜へ続く階段に腰掛けて、足を風に晒して乾かします。BGMは波の音だけです。最高すぎか。ぼうっと海を眺めていると、鳩が近くに来てくれました。かわいい。

目論見通り、砂は乾かしてから擦ると簡単に取れました。濡れたまま無理やり拭かなくてよかった。仕上げに、海に入る前にこのためにかろうじて用意できたペットボトルのミネラルウォーターで、足を少し濡らして拭います。傷はないことを確認してから海に入りましたが、こんな楽しい冒険でバイ菌をもらってきては興ざめです。

足は乾きましたが、ズボンの裾は乾きません。やっちまったぜ。裾をブーツの外に出して悪あがきします。靴を装備し直したところで、浜辺散策開始です。

早速素敵な貝殻を見つけました。これをお土産とする。

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歩き回るうちに、だんだん裾も乾いてきました。折り返しのところに海水と一緒に砂も入ってきてしまったので、乾きかけはこんな感じです。もはや愛おしい。

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遊んでいるうちに日が暮れてきました。海の表情が変わってきます。濡れた砂が光って見えます。最高。

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お土産を集め終わった後もしばらく行き交う船を眺めたり、出てきてくれた月を見ていたりしていたのですが、如何せん風が強く、寒くなってきたので、退散することにしました。もし私がこのへんに住んでいたら、絶対に水筒にコーヒー入れて持ってきてもっと長居して、梶井基次郎著『Kの昇天』を思い浮かべて黄昏れたりしていたことでしょう。私は今のところ患ってもいませんし、儚げな美少年でもありませんが、それでも月夜の海は想像するだけでもゾクゾクします。海と月のコンビネーションはやばい。危険ですね。退散退散。

来た道を戻ります。釣り船にはもうお兄さんたちはおらず、ぽつぽつと灯りが灯っているだけでした。とても綺麗でした。

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おわりに

これにて私の1日限りの大冒険は終わりました。帰りの電車で爆睡ののち地元の駅に降り立った時の拍子抜け感はとてつもないものでした。某夢の国から帰ってきたような感じがしました。

実は朝お布団の中で、本当に出かけるのか若干迷っていました。もともと出不精なので。でもいざ冒険に出て、今回のように成り行きで海とか行くことになると、本当に一瞬も後悔しないので、みなさんももし冒険を思いついて、朝起きた時そういう気分になっていて、それがお出かけできる日なら、突然海とか行ってみてください。きっと最高です。

冒険はいいぞ。

私とディズニーランドの話

こないだ映画『モアナと伝説の海』字幕版を家族でキメて号泣しまして、あ〜そういえば最近ディズニーランド行ってないな〜行きたいな〜夢の国サイコ〜〜〜〜〜と思ったので、私がディズニーランドのどんなところをサイコ〜だと思っているのか書きます。ランドと表記しますが、当然ディズニーシーも含みます。

とても個人的な話です。あしからず。

私がディズニーランドをすきなところは、大きく分けて2つあります。まず1つめ。

 

大人の本気を感じられるところ

まず大前提として、ディズニーランドとは夢の国です。強い言い方をすれば、いわば虚構の世界です。

パーク上空を飛ぶ飛行機はストームライダーではありませんし、カストーディアルさんが拾っているのは夢のカケラではありません。恐らくディズニーランドに来園するお客さまのほとんどが、キャラクターの中には人間がいることを知っています。今どき小学生ですら感づいていると思います。

しかし、それでも私たちはチケットを握りしめてディズニーランドに行きます。それは、夢の世界が本気でつくられているからだと思うのです。

恐らく歳上のお兄さまお姉さま達が、たぶん広くて素敵な会議室で、「こういう内装にしたら不思議の国のアリス感あってかわいい」とか「このごはんにミッキーの形したやつ何か載ってたらたのしい」とか話し合っているのかと思うと、涙が出そうになります。たぶん本気で考えてくださっているはずなんです。大人が。最高じゃないですか?

それにイベントの度にたった一晩で園内の装飾が一新される様はまさに魔法です。その魔法を発動させるために、きっと大勢の大人たちが何時間もかけて作業をしてくださっているのです。これが本気でなくて何なのでしょう。ありがたい。最高です。

キャラクターもパフォーマーさんたちも、煌びやかな衣装を身に纏い、信じていれば夢は叶う、魔法をかけてあげる、一緒に踊ろう、幸せはここにと叫び続けてくれます。私は大人なので、信じるだけでは夢は叶わないことを知っています。夢を叶えるには大抵、それに見合った努力が必要です。ディズニーランドの偉いひとたちも、パフォーマーさんたちも、それを知っているはずなのです。だってディズニーランドでパフォーマンスをするために、彼らや彼女たちが努力していないはずはないじゃありませんか。

そんな人たちが、それでも夢は叶うとか空を飛べるとか歌ってくれるのです。最強の説得力です。私はそのことがとても嬉しくて、いつも泣きそうになります。アトラクションやショー自体というより、その裏側といいますか、そこから勝手に感じるメッセージや、それを維持する大人たちの本気の努力に感動するのです。

大人たちが本気でつくって守っている夢の世界が、私は大好きです。全然じょうずに言えていませんけど。

 

ディズニーランドが私を大人にしてくれた

私がディズニーランドを最高だと思う2つめの理由です。

非常に個人的な話にはなりますが、私は中部地方の某県で生まれ、小学4年生頃までそこに住んでいました。

その頃ディズニーランドに行く時は、父が運転する車に乗って、母と妹を含めた家族4人で行くのが通例でした。知る人ぞ知る神番組『ミッキー&舞ちゃんの夢と魔法のクリスマス』を毎年クリスマスシーズンに狂ったように観ていた私と妹は、ディズニーランドが大好きで、行けば毎回はしゃぎ倒し、帰りには、車がパークの駐車場を出るまでの僅か数分間の間に眠りに落ちるほどでした(私はだんだん小さくなっていくパークを最後まで眺めて帰りたいのに、いつもその前に寝てしまうので、「眠ってしまうのはミッキーが魔法をかけるからだ!」と信じて疑いませんでした)。

そして家に着くとなんとなく自然に目が覚めるのですが、眠ったままだと、父がベッドまでお姫さま抱っこで運んでくれるのを知っているので、それが嬉しくて、いつもわざと眠ったフリをしていました(もちろんバレていました)。

それが、私が子どもだった頃のディズニーランドです。

 

ところが、関東圏に越してきて、中学生くらいになると、友達同士だけでディズニーランドに行けるようになりました。

当時は何も考えずに遊び倒していましたが、いま考えると、なかなか良い訓練だった気がしています。『ディズニーランドに自力で行き、楽しみ、自力で帰ってくる』というのは、実はそこそこスキルが要ることだと思うのです。

  • 自分の行き帰りの交通手段を調べて、計画通りにそれを利用することができる
  • 交通費等の必要経費を残すことを計算して遊ぶことができる
  • ファストパスやショーやスタンバイなど、様々な時間的要素を考慮し、計算して、その場で臨機応変に計画を立てることができる
  • 自分の体力や体調の限界がわかる
  • 同行者の意見を尊重できる

などなど、実に色々なスキルを駆使して遊んでいたわけです。これを大人への一歩と言わずして何と言うのか。と思うわけです。ディズニーランドは、その身をもって、私に人として成長するための訓練を施してくれました。

 

かつて私は父の運転する車の後部座席で眠るだけで、家に帰ってくることができました。無事に家に帰ってくるという責任は、自分のものではなかったのです。でも今は、自分で電車を乗り継ぎ(あるいはシャトルバスに乗り)、最寄駅から歩かないと家に帰ることはできません。この責任は私のものです。束の間の夢から自分で覚め、自分の足で帰ってくること、これが今の私のディズニーランドです。

ディズニーランドは私にとって、最も身近で、これからも何度でも体験したい、行きて帰りし物語なのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!ディズニーランド行きてえな〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!

新春浅草歌舞伎に行ってきた話

こんにちは。ギズモ参謀です。前回は愛の重さとイタさで地球の核まで沈んでいけそうな記事を書いてしまいまして、大変失礼いたしました。

今日は私の今年の芝居始めとなった新春浅草歌舞伎についてお話しします。

 

新春浅草歌舞伎とは

その名の通り浅草で毎年1月に1ヶ月間行われる歌舞伎公演です。若手の登竜門と呼ばれています。なぜなら、主に出演されるのは10代〜30代の若手役者さんたちで、普段は大ベテランさんしか勤めないような主役級のお役とかをお勤めになるからです。もちろん何人かベテラン役者さんがサポートで入られますが。

今は主役級のお役をバンバンお勤めの市川猿之助さん、中村勘九郎さん、七之助さん、片岡愛之助さんたちも、かつてはこの興行で修業されたそうです。私が歌舞伎にハマる前に。キーッ!悔しい!観たかった!

まあまあ、沼はご縁です。『60歳まではショタ』がモットーの私はもちろん下は3歳から上は80ウン歳まで幅広く推しがおりまして、この公演も推しだらけなので、観るのをとても楽しみにしていました。実際とても楽しかったのです。あまり歌舞伎に馴染みのない方も読まれるかもしれない前提ですのでまた長くなりますが、その時のことを書きます。

 

お年玉ご挨拶

まずは新春浅草歌舞伎名物、お年玉ご挨拶から始まります。本編が始まる前に、役者さんが日替りでご挨拶をします。私が観劇した日は尾上松也(おのえまつや)さんでした。サポートのベテランさんを除くと、座組では最年長(それでも30代ですが)の役者さんで、公演のリーダーです。

座したまま美しい響きのご挨拶が終わると、すぐマイク片手に立ち上がり、舞台をウロウロしつつ少し砕けた感じで話してくれるのが優しくて憎いです。たくさんのお客さんが来てくれてとても嬉しいこと、座頭としての責任感についてのほか、この後かかる演目の粗筋紹介までしてくれました。親切か。ありがたい。

あと大向(おおむ)こうの練習もしました。◯◯屋!って叫ぶやつです。大向こうは色々とアレがアレで大変な闇を抱えているので、変にハードルを下げるのはちょっとやめたほうが…と思ったのですが、松也さんがやりたいのなら是非もありません。推しの望みは叶えてやりたいのがファンってもんです。なので彼の屋号をシャウトしました。音羽屋(おとわや)!」

 

演目

さて、私が拝見したのは

第一部『傾城反魂香 土佐将監閑居の場(けいせいはんごんこう  とさのしょうげん  かんきょのば)』

義経千本桜 吉野山(よしつねせんぼんざくら  よしのやま)』でした。

この2つは全く別のお話です。豪華2本立てなのです。

第一部とあるからはもちろん第二部もあるのですが、私はある理由(後述)があって第一部のぶんのチケットしか買いませんでした。

ちなみに今回のお席は3階最前列。目の前が手摺です。音声のみでお楽しみました。前のめりダメ絶対。

 

傾城反魂香

吃又(どもまた)とも呼ぶそうです。吃音の人を指す『吃(ども)り』と、主人公の名前を合わせたのですかね。ちなみに『吃り』は現在では差別用語なので、よい子のみんなは使わないでね。ストーリー全容はこちらの神ブログをご覧ください。いつもお世話になっております。

「傾城反魂香」けいせい はんごんこうはんごんこう - 歌舞伎見物のお供

乱暴に申し上げると、吃音持ちの絵師又平とその奥さまが、絵の師匠から名字をもらいたくて(=一人前と認定してほしくて)頑張るお話です。『傾城反魂香』という長いお話から、『土佐将監閑居の場』という場面だけを抜粋したもので、もちろん前後のお話も存在するのですが、今はこの場面だけが上演されることが多いみたいです。そういう上演スタイルを『見取(みど)り』というらしいです。以下ざっと感想です。

坂東巳之助(ばんどうみのすけ)さん演じる又平。

痛々しいくらいの頑張り屋さんでした。うまく言葉が出なくても、伝えようとすること自体を決して諦めたりしないガッツの持ち主。やっと口にできた言葉で弟弟子に『様』まで付けて懇願した時、私の抱きしめたさがMAX。あたたかいココアをあげたい。

からの最期の自画像描き。ものすごい気迫でした。たぶん何にも考えてなかったんじゃないかな。スポーツでいうとゾーンに入ってる感じ。あとはキッカケだけ、運だけ、というところまで行けても、そこから先を掴めるのかは、日々の精進がモノを言うのだと思います。起こった奇跡はある意味奇跡ではなく、又平の才と精進の賜物だったのではないかと思います。又平おめでとう!晴れ着を着る様が誇らしげで、心なしか裃も嬉しそうでした。

中村壱太郎(なかむらかずたろう)さん演じる、又平女房おとく。

実際拝見するまではおしゃべり奥さまなのかと思っていましたが、印象は真逆でした。しゃべるけど、余計なことは一切言わないのです。ただ言うべきことを言って、又平の言葉を代わるだけ。一心同体。信頼関係がすごい。又平の代弁をする時も、又平が訂正を入れたがることは一度もありませんでした。ずっとそうして寄り添ってきたんだろうな、と、すぐにわかります。

そばにいてくれたら訳もなく泣けてきそうな女性です。あと鼓も打てるし、お綺麗だし。完璧。

中村梅丸(なかむらうめまる)さん演じる修理之介(しゅりのすけ)。

美少年。お師匠さま、ズルい!というレベル。最年少のお役ですが、梅丸さんご本人も座組では最年少です。リンクしていて楽しい。

名字をいただいても全く驕る様子がないのが上品で好感がMAX。お師匠さまのおうちでの振る舞いが勝手知ったる感じなのが、絵だけでない精進を感じさせます。又平に様付けで縋られて、苦しそうに振り切るのがつらい。素直で謙虚ないい子でした。

中村隼人(なかむらはやと)さん演じる狩野雅楽之助(かのううたのすけ)。

とりあえず床板を踏み鳴らす音がデカくてとても勇ましい。声もデカい。剥き身の刀を携えてやって来るので緊迫感がすごいです。

助けを呼びに来てるのにバッチリ華を振りまいてくれる隼人さん。出番は短いですが、印象が強すぎです。素敵。

大谷桂三(おおたにけいぞう)さん演じる土佐将監。

ベテラン枠そのいち。自分ちの庭に虎がいても全く動じない強メンタル。しかもその正体をすぐ見抜くことで、力量が伝わるようになってるのが憎い演出。あと煙管で煙草吸うのかっこよすぎ。歌舞伎ではお香を焚いたり煙草を吸うのをガチでやってくれるのですきです。嗅覚まで使って観る感じ。

お師匠さまも又平のこと本当は超カワイイかわいいしたいのだと思いますが、絵師として、そんな理由で名字をあげることはできないのがつらそうです。だから最後又平が泣いて喜ぶのを見て力強く頷いたり、裃を着てはしゃぐのを眺める姿の優しいこと。よかったですねお師匠さま、お疲れさまです。

中村歌女之丞(なかむらかめのじょう)さん演じる将監女房北の方。

ベテラン枠そのに。こちらもお師匠さまに絶妙な距離感で寄り添っていらっしゃるのですが、とても上品で、且つ、お師匠さまのお立場をとてもよくおわかりなのだなと思いました。お師匠さまが又平の涙ながらのお願いを何度はねつけても諌めないところとか。

でもとても優しいお方です。きっとお弟子さんたちのお世話とか焼いたりしてこられたんでしょうね。修理之介と又平が名字をいただいた時「でかしゃった(よくやった)、でかしゃった」ってメッチャ喜んでくれます。おとくのことも労ってくれます。超いいひと。裃のサイズまで気にかけてくださいます。尋ねる時の声も優しい。ママ。

 

主人公に何らかのハンデがある場合、そこに焦点が当てられがちだと思うのですが、私はこのお話はそうではないのだと感じました。

確かに又平には吃音というハンデがあります。当時はさぞ風当たりの強かったことでしょう。しかし又平が立ち向かわなくてはいけないのはそこではなく、如何にして絵師として結果を出し、師匠に認めてもらうのかだった気がします。純粋に絵師としての自分と戦う、アツい物語だったのだと思います。演目としても初見でしたが、とてもグッとくる素敵なお芝居でした。

 

吉野山

舞踊です。セリフもありますけど。実はお席の関係で終始ほとんど見えなかったので、書くことはあまりないんですが、華やかな雰囲気が最高の演目です。だいすきです。こちらも『義経千本桜』という長〜い物語の一部だけを切り取ったものになります。ストーリーはこちらの神ブログをどうぞ。

「道行初音旅」 みちゆき はつねのたび (「義経千本桜」) - 歌舞伎見物のお供

春のお話なので、背景は桜が満開で、天井にも花みたいなやつが吊ってあります。舞台上に姿を見せて歌を歌ったり楽器を演奏してくださる方々も、背景から浮かないよう、ピンク系のお色の裃を着ていらっしゃるのです。かわいい。全くの第三者としてではなく、いつも物語の一部として溶け込むようにそこにいてくださるので素敵です。未だに清元と竹本と常磐津の区別もつかない私ですけど、いつもありがとうございます。

 

グルメタイム

さて、華やかな気持ちで浅草公会堂を後にしたら、浅草グルメタイムの始まりです。

実は、私が初めて拝見した昨年の新春浅草歌舞伎では、1日で第一部と第二部を通して観劇するという強行スケジュールをブチ込んだために、全く浅草を歩けなかったのです。せっかくの遠出ですし、今回は第一部だけ観劇して、後はお食事を楽しむことにしました。

そして私にはありがたいことに、大変親切なツイッターのフォロワーさんがいらっしゃいます。浅草の美味しいお店をたくさん教えてくださいました。持つべきものは素敵な先輩です。その中から2軒、実際に伺うことができたので、そのことを書きます。

 

1軒目。ギャラリー・エフ。その名の通り、ギャラリーとカフェが併設されているアーティスティックすぎるお店です。「ギズモちゃんの雰囲気に合いそうだと思う」なんて紹介いただいたら、行くしかないじゃないですか。行ったんですよ。そしたら。

超絶好みだったんですよ。

通りに面してはいるんですが、控えめな小さいお店で、テーブル係は魔法でも使えそうな不思議な雰囲気のおばさまおひとり。これ知ってる。なんか都内のミニシアター1館で1日1回上映されるフランス映画でしょ。お店出て振り返ったらもうどこにも見つからないやつでしょ。知ってる知ってる。おまけに注文させていただく時におばさまから放たれた究極にポエティックでシネマティックでファンタスティックなセリフ「何にいたしましょう?」何?いま何て?もうだめ。私は天を仰ぎながらオムライスランチを注文しました。人間界の日本円で800円ちょっとくらい。

これがまた美味しい。先に出されたサラダも美味しかったです。オムライス、卵がお皿全体にとろとろにかけてあるんですけど、胡椒がアクセントになってまして、何となく朝ごはんのスクランブルエッグ感があって面白かったです。たぶん私あれ起き抜けでも完食できます。ほんとにすきなお味でした。

ギャラリー・エフ 浅草

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そして2軒目。紀文堂浅草総本店2階喫茶。1階はお持ち帰り用の人形焼を販売されてます。とっても美味しいみたいです。中村隼人さんも公演中はよく召し上がっておられるとか。いっぱい食べるきみがすきです。

今回は脇の階段でお2階へ。ご家族連れや外国人の方々、はたまた観光途中のご婦人方に混じって、たった1人で窓際に座る、私。最高にロックです。あんみつとみつまめで一瞬迷いましたが、ロッカーなのでよりロックなほうを選ばなければなりません。私はクリームあんみつを注文しました。これがパンクです。800円くらいでした。あたたかい日本茶付き。

こちらもとても美味しかったです。黒蜜って大体ちょっとしつこいからどうかなと思ったのですが、1滴残らずいただいてしまいました。パフェのやつみたいなサクランボが乗っててテンションがMAX。ロッカーたるもの童心を忘れてはいけません。yeah。

もはや気分はロンドンを拠点とするパンクロッカーだったので、長居は無用だぜとばかりに食べ終わってすぐにお会計を済ませ(ゆったりできる雰囲気のお店なので、みんなはゆっくりしていってね)、レジ対応してくださった素敵なおじさまにご馳走さまでしたを忘れずに言い、コートとマフラーを脇に抱えたまま強風吹き荒れる浅草へと降りていきました。ロンドンに比べたら全く寒くないぜと思ったのですが、普通に寒かったです。ロンドン行ったことありませんけど。

ご挨拶 | 浅草 紀文堂総本店

 

そんな感じで、私の最高の芝居始めは終わりました。ありがとう素敵な役者さんたち、ありがとう浅草。

また来年も観たいです。

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